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斉藤さんから斉藤へ

 話によると、斉藤は地元で大学に進学し、そのまま大阪の大手の外資系会社に就職したのだが、入社してすぐに東京に出向となり、こちらでの1人暮らしが始まったそうだ。そのため知り合いもほとんどおらず、毎日会社との往復だけで寂しい思いをしていたという。  やっぱりインテリサラリーマンやったわ。  陽斗の予想は当たった。斉藤にも陽斗の職業について尋ねられたが、迷った末に飲食業と濁して答えた。もしこの先、斉藤と親しくなるのならいつかは正直に言うつもりではあったが、今は時期尚早と感じたのだ。ゲイであることもゲイバーに勤めていることも隠すつもりはないが、かと言って出会う人みんなにむやみやたらと告げるのもどうかと思うし。  陽斗にとって、久しぶりに井上以外の人間と普通の会話ができたことはとても新鮮で、嬉しい出来事だった。ゲイ仲間と話すと楽しいには楽しいが、どうしても話が下世話になりやすいし、仲間の噂話などが多い。陽斗はそれがあまり好きではなかった。 「コーヒー、美味かったわぁ。ありがとうな」 「おん」  玄関先でお礼を言うと、斉藤は軽く笑って陽斗を見た。  男前やなぁ。  目の前で微笑する斉藤を見て改めて思う。今日の会話で、斉藤には現在彼女がいないことが分かった。こんなに男前なのに。なぜ彼女がいないのだろう。  そんなことをぼんやり考えていると、斉藤が少し緊張した様子で陽斗に話しかけてきた。 「あ、あんな……良かったら……その……また、お茶とか、ご飯とかせえへん? お互い一人暮らしやし。俺は、たまに話し相手になってくれる人がおると有り難いんやけど……」 「おん、俺で良かったら全然ええよ」 「ほんま?」  斉藤が嬉しそうな顔を綻ばせた。  こうして、この日をきっかけに仲良くなった2人は、お互いの都合が合う夜に家を行き来するようになった。それはたいてい、陽斗の仕事が休みの日の前夜か、休み当日の夜が多かった。何か特別なことをするわけではない。ただ一緒に陽斗が作った夕飯を食べたり(斉藤は料理が苦手だった)、テレビを見たり、酒を飲んだり、可愛いらしくお茶を嗜んだりしていた。  そんなわけで陽斗は斉藤と、『斉藤さん』から『斉藤』と呼べるぐらいの間柄となった。

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