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斉藤のフェチ

 斉藤の色白の顔がこれでもか、というくらい真っ赤になる。 「斉藤……何してるん?」 「……ごめん」 「……よう分からんのやけど……説明してくれる?」  ゆっくりと起き上がった。微かに頭痛がする。テーブルにあったミネラルウォーターの入ったグラスを手に取って一気に飲み干した。ふうっと一息ついて、カーペットの上でしょぼんと正座して座る斉藤に目を向けた。 「で?」 「……あの……俺……好きやねん」 「……何が?」 「……八重歯が」 「は?」 「……可愛い八重歯を見ると、興奮すんねん」 「……八重歯フェチいうこと?」 「おん……」  よくよく話を聞くと、陽斗に傘に入れてもらったあの夜、陽斗が微笑んだ際にちらりと見えた八重歯に衝撃を受けたという。その八重歯は、今まで出会ってきた八重歯の中でも、斉藤の心掴んで離さない、最高級の萌え八重歯だったらしい。好みの八重歯を見ると、ただただ、触ったり、舐めたりしたくなるらしく、この性癖のせいで今まで彼女ができても(八重歯がある子限定)、嫌がられて振られてしまうことの繰り返しだったそうだ。  斉藤は彼女を作ることを諦めたらしい。どうせできても、この性癖が邪魔してうまくいかないのは分かっていたし、性癖がバレて、拒否される度に傷ついてきたからだ。  陽斗と出会って、というか陽斗の八重歯と出会って、最初は見るだけでなんとか我慢していたらしいのだが、段々と触りたい、舐めたい衝動が抑えられなくなっていったという。 「もしかして、あの焼酎……なんか入ってたんちゃうやろな?」 「ちゃう! それはないっ! ほんまにあれはプレゼントやねん。長谷川に喜んでもらお思うて」 「ほんまにぃ?」 「ほんまやって。あんなに長谷川が喜んでくれて、ガボガボ飲んでくれるなんて思わへんかったけど」 「……嬉しかったからな」 「やから、計算ちゃうねん。でも、酔い潰れてもうた長谷川を見てたら我慢できひんくなって……ほんで、ちょっとだけ思うて、最初は手ぇで八重歯触らせて貰ってたんやけど、やっぱり抑えられへんくなってもうて……」 「ほんで、舌が出てもうたと」 「おん……」 「そうか……」  世の中には色々なフェチがあるんやな、と陽斗は思った。 「ほんなら、『はるちゃん』って誰?」 「え?? 俺、そんなん、言うてた?」 「おん。微かに聞こえてんけど。昔の彼女か?」 「ちゃうねん……。小学校の時に同じ組におった子ぉやねん。名前はもう覚えてないんやけど。みんなはるちゃん、はるちゃん、言うてたから。途中で引っ越してもうてそれきりやねん」 「その子のこと好きやったん?」 「ん……多分、その子の八重歯が好きやったんやと思う。その子の八重歯が今までで一番の八重歯やねん。やから、忘れられへんくて。長谷川の八重歯はそれに匹敵するぐらいやねん」 「そうか……。奇遇やな」 「何が?」 「俺も昔、『ハルちゃん』って呼ばれてたわ。幼稚園とか小学校低学年くらいの時」 「え?? そうなん? あ、そうか、『ハルト』やもんな」 「おん」 「で、でも、俺の言うてる『はるちゃん』は女の子やったし……」 「まあ、『はる』系の名前は男も女も多いからな。そういう偶然もあるんやな」 「そうやな……」

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