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 斉藤のトリガーはいつ発生するのか全く予測不可能だった。普通に飲んだり食べたりしている最中に突然くる時もあるし、陽斗が歯磨きしている時もあるし、眠くなり大きな欠伸をした時もあった。  早い時には、陽斗の家に入った途端、『はるちゃんっ』と叫ばれて玄関で押し倒され、そのままずっと八重歯を舐められたりもした。  陽斗の気分が乗らなかったり疲れていたりする時は、正直しんどく感じたりもしたが、斉藤の幸せそうな、嬉しそうな顔を見ると嫌とは言えず、まあ、斉藤が良いならええか、と思えたりした。 「斉藤さん、今日は来うへんの?」 「おん。出張中。アメリカやって」 「そうかぁ。やっぱりインテリサラリーマンは忙しいね」 「そうやな」  井上がリビングテーブルの下に無造作に置いておいた参考書にふと目を留めて、陽斗に聞いてきた。 「ハルくん、勉強最近してるん?」 「ああ……まあ、一応な」 「そうかぁ。まだ決心つかへんの?」 「決心いうか……。その前に本気がどうかも分からへんし」 「俺はハルくんなら大丈夫やと思うで」  そう言ってニコニコと笑う井上を見ながら、陽斗も微笑み返す。陽斗には高校生の頃、目指していた夢があった。大学進学もその夢のためにと選んだ進路だったし、自分がゲイじゃなかったなら、今頃はその夢に向かってひたすら走っていたかもしれない。  家族を捨て、地元の友達とも決別し、学歴も高卒となった陽斗には、この夢を再び追おうとしたら相当の努力と覚悟が必要なのは分かっていた。だから、上京した時に諦めるつもりでいたのだが。結局その夢を捨てきれず、時間の合間に独学で勉強だけは細々と続けている。とは言っても、今のこの生活を捨てて、その夢だけに打ち込む勇気はまだなかった。

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