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惚れてもうた
その日、夜は予定があんねん、と井上が帰って行った後、陽斗は久しぶりに休みの夜を1人で過ごしていた。ここのところ、休みの夜はほとんど斉藤と過ごしていたので、なんとなく落ち着かない。
テレビを見ていても、あ、これ、斉藤とこの前見て面白かったドラマやん、とか、酒を飲んでいても、このワイン斉藤好きやったよなぁ、とか、気づくと斉藤のことばかり考えていた。
そこでふと気づいた。自分は、斉藤がいなくて寂しいのだな、と。
『はるちゃん』
そう言ってそっと口角を上げて笑う斉藤を思い出す。綺麗な色白の顔。長いまつげ。さらさらの艶のある黒髪。赤味の多い色っぽい唇。細い指が連なる手。最初はそんな斉藤の外見ばかりに目がいって、陽斗自身も目の保養に丁度良いと打算で喜んでいたけれど。
今度は、ぼうっと口を半開きにしてテレビを見ている斉藤の横顔が陽斗の記憶に浮かんだ。口元からだらしなくよだれを垂らして寝落ちする顔。からかうとちょっと口を尖らして子供みたいに拗ねる顔。酔っ払って色白の顔を真っ赤にして大口開けて笑う顔。
そのどの顔も愛しく感じて思わず笑う。
「…………」
あーあ、と心の中で溜息を吐いた。
惚れてもうたなぁ。
もともと斉藤は陽斗のタイプだったのもある。だから、こういった事態になる可能性はないとは言えなかった。けれど、相手がゲイでない時点で、それ以上は踏み込まないようにいつものように気を付けていた。斉藤に対してもそのつもりだった。
けれど、斉藤を知れば知るほどに、どうしようもなく惹かれた。人見知りだし、照れ屋だし、すぐ拗ねるし、八重歯に関しては我が儘と要求が多いし、スーツ姿以外は結構だらしないし、顔以外は面倒くさいだけの男なのに。陽斗は知ってしまったのだ。そんな斉藤の中に、優しくて、さりげなく人に気が使えて、決めたことは必ずやり通すような男気があるところを。
どうしたらいいのか分からなかった。ゲイではない男を好きになったのも初めてだった。
でも。自覚してしまったからには、もう斉藤を『友達』として見られないだろう。果たしてこの気持ちを隠しながら、斉藤に奉仕なんてできるのだろうか。次に会った時、どのような顔をしたらいいのだろう。今まで通り、普通に接することができるだろうか。
いくら考えても、答えなど分かるわけもなかった。
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