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いつもの奉仕のはずなのに

 よう分からへん。そう心の中で呟きながら、キッチンに戻って沸かしたコーヒーをカップに注ぐ。ふと、後ろに人の気配を感じた。振り返ると斉藤が立っていた。じっと陽斗を見つめている。どくん、と鼓動が揺れた気がした。それを斉藤に悟られないように何でもない風に声をかける。 「……どしたん?」 「はるちゃん……」  そう呼ばれて、ああ、いつものトリガーやな、と陽斗は理解した。 「おん。ええよ」  いつもと同じように答える。それを合図に、斉藤が顔を近づけてきた。陽斗は目を瞑って受け止める体制に入る。そっと、斉藤の唇が重なった。  そこまではいつもと一緒だった。  けれどそこからが違った。唇に触れられた瞬間に、大きく鼓動が鳴った。自分に誤魔化しが効かないくらいに、大きく。そのことに動揺して思わずびくりと肩を震わせる。  あかん。普通にせな。  斉藤の舌がそっと八重歯に触れた。ゆっくりとなぞるように動いていく。自分が動揺していることを斉藤には気づかれたくはない。しかし、普通にしようと意識すればするほど、斉藤の舌を感じれば感じるほど、陽斗の体が熱くなっていき、動揺が止められない。  苦しい。  思わず、自分の舌を斉藤の舌に絡ませたい衝動に駆られる。それを必死でこらえる。陽斗は悟った。このまま、斉藤に『友達』として接することはできない。これ以上奉仕するなんて無理だ。斉藤と唇を重ねたら、『その先』に行きたくなってしまう。抑えられなくなる。  耐えられず、唇を離そうとした。  しかし、それよりも先に、斉藤の方が唐突にキスを止めた。  え?  目を開けて斉藤を見ると、そこには目を見開いて呆然とした顔の斉藤がいた。 「斉藤……?」 「……ごめん、何でもないねん」 「……大丈夫か?」 「おん……。俺、やっぱり帰るわ。時差ボケ、思ったよりも酷いみたいや。頭がクラクラすんねん」 「……そうか」 「おん……」  2人は言葉少なげに挨拶を交わし、斉藤はそのまま隣へと帰っていった。  斉藤を見送った後、すぐに動く気になれずにしばらく玄関に立っていた。  陽斗が耐えられなくなるタイミングで、斉藤がキスを止めてくれて助かった。あのまま自分が唇を無理やり離していたら。不自然過ぎるし、その理由を斉藤に説明しなくてはならなかったかもしれない。その理由を正直に斉藤に言うつもりもなかったし、言いたくもなかった。  少し青ざめた顔で玄関を出ていった斉藤を思い出す。今日の斉藤がどこかおかしく感じたのは、やはり体調が悪かったからのようだ。  気にはかかるけれど。もう、斉藤には会えない。  奉仕ができなくなるのは申し訳ないと思う。けれど、この先こんな蛇の生殺し状態に自分が耐えられるとは思えなかった。今日ではっきりしてしまった。このまま会い続けたら抑え切れなくなって、斉藤にいつか迷惑をかけてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。  よし。  陽斗はそう心の中で呟いて、自分の気持ちを押しとどめるために決心を固めた。

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