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元気やとええな
「とりあえず、この話は一旦止めよ。俺、ようやくやる気出したとこやし」
「うん……。予備試験、いつ受けるん?」
「来年やな。今年のには間に合わへんと思うから」
「そうかぁ……。そしたら、司法試験はその後?」
「おん。まずは予備試験受からなあかんけどな」
「ハルくんやったら大丈夫やって。ずっと勉強してたし。もともと頭ええんやし」
「随分サボってたからなぁ。とりあえず頑張ってみるわ」
「おん、頑張ってな。ハルくんのお父さんも喜ぶで、きっと」
「……どうやろな……」
もう何年も会っていない父親の顔を思い出す。
陽斗の父親は弁護士だった。昔から厳格で、曲がったことが嫌いな性格の父親は、正義感に溢れ、人からも信頼される人間だった。だが一方で、自分の考えが常に正しいと思う頑固な一面もあった。
そんな父親が、ゲイの息子を受け入れることなど到底できなかったのだろう。だからこそ、ぶつかり合うことを止めて、家を出たのだ。話し合っても理解されることなど不可能だと悟ったのだ。だがそれでも。陽斗の中で立派な父親だったということには変わりはない。
小さな頃から正義のために働く父親の背中を見続けて育ってきて、陽斗も自然と将来弁護士になりたいと思うようになった。それなりに頑張って勉強して、成績も上位を保ち、某有名大学の法学部にも合格した。
そんなそれまでの努力を、家を飛び出したことで一旦棒に振ったことは残念ではあったが、後悔はなかった。陽斗はゲイバーに勤めていた約6年間、それなりに楽しい日々を過ごしたし、社会勉強もさせてもらった。それになにより。斉藤にも出会えたのだから。
結果的にもう会えなくなってしまったけれど、斉藤と過ごしたあの日々は陽斗には大切な時間だったし、忘れたくない思い出となった。
しばらく井上とのんびりと話をしながら過ごした。夕方頃に井上が帰っていき、また勉強に戻ろうとしたがなんとなくやる気になれず、気晴らしも含めて近所のスーパーで買い出しでもしようとマンションを出た。
夕暮れ時の小道に春らしい温かい風が吹き抜ける。桜も先月開花し始め、今はもう満開の桜があちこちで見られるようになった。それを実感すると、まだ離れて1ヶ月ほどなのに、斉藤と出会った冬は遠い昔のように感じた。
ちゃんと飯、食べてるやろか。
家事にはとんと無頓着で、時々食べる陽斗の手料理でなんとか栄養を取っている節があった斉藤を思い出す。
元気やとええな。
そう思いながら、陽斗は桜吹雪が舞う公園を散歩して、スーパーを目指した。
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