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斉藤の気持ち
泣きそうになる気持ちをぐっと抑えて、無理矢理に笑顔を作った。
「な? ええ話ちゃうやろ?」
「……どうして」
「……え?」
「どうして早う言うてくれへんかったん?」
「……いや、やって……」
斉藤が、突然はあっと大きな溜息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。眉を潜めて不機嫌そうに陽斗を見上げる。
「ハルちゃん、タイミング悪いねん。俺が自分の気持ちに気づいて、今度こそそれ言おう思うてたらおらへんくなるし」
「……え?」
「……俺な、アメリカに出張行った時、気づいてん。ハルちゃんと会えへんくて寂しいって」
「でも、それは、俺の八重歯のせいやろ?」
「最初はそうなんかなって思うたで。確かにハルちゃんの八重歯を恋しく思うてる気持ちもあったで。やけど、寂しいなって思うと、浮かんでくるんは、ハルちゃんの八重歯ちゃうかった」
「…………」
「楽しそうに大口開けて笑うハルちゃんやったり、酔っ払って甘えてくるハルちゃんやったり、一生懸命ご飯作ってくれるハルちゃんやったり、可愛い顔して眠るハルちゃんやった」
「斉藤……」
「それって、好きってことちゃうんかなって気づいてん」
斉藤がよいしょっ、と立ち上がった。再び陽斗と向き合う。陽斗を見る斉藤の顔からはもう不機嫌な表情は消えていた。そこには、陽斗が好きだった優しい笑顔の斉藤が立っていた。
「そりゃ、動揺したで。ハルちゃん男やし。今まで男を好きになったことも、興味持ったこともないし。やから、帰ったら一度ハルちゃんに会ってみようと思うてん。それで何か分かるかもしれへんって」
「それ……あの……最後に会った時?」
「おん。あの時、急にキスしたんは、試してみたかってん。俺が、八重歯だけのためにハルちゃんにキスしてるんか」
だからあの時、斉藤の様子がどこか違ったのか。あの違和感の正体は、斉藤が疲れていただけではなかったらしい。
「ほんで、分かった。やっぱりハルちゃんが好きなんやって。キスしとる時、俺なんかよう分からんくなって、あの時、八重歯なぞるより、ハルちゃんともっとエロいキスしたなった。いや、もう、キスだけやなくて、その場に押し倒したくて溜まらんかった。そう思ったら急に怖なって。やから、あの時、逃げるように帰ってもうた」
「……そんなん、全然気づかへんかった……」
あの時は、自分の気持ちが抑えられなくなることに動揺していたから。斉藤の気持ちまで気づくことなんてできなかった。
「ほんで、またすぐ出張になって、出張中ゆっくり考えたんやけど、やっぱりちゃんとハルちゃんに言おうって決心して帰ってきたら、ハルちゃん消えとった」
「……そうやったんや……」
「せやで。ほんま、ショックやったわ。やけど、諦めきれへんくて、めっちゃ捜した」
「どうやって見つけたん?」
「井上くんが、渋谷のアパレルショップで働いてる言うてたから、仕事帰りに毎日渋谷に行って、一件一件店を当たって、井上くんを捜してん。それしか手がかりがなかったから」
「マジか……」
「おん。ほんで、今日、ようやく見つけてん。井上くんの店。井上くんにハルちゃんの居場所聞いてん。店ん中すっごい派手な服ばっかりで、俺、めっちゃ浮いてたけど」
あの井上の派手な店に、斉藤がスーツ姿で入っていく姿を想像して思わず笑った。
「斉藤、勇気あったなぁ」
「ほんまやで。やけど、ハルちゃんにどうしても会いたかったから。さっきまでマンションで待ってたんやけど、帰ってこうへんし。また出直そうかと思うて歩いてたところに、公園あったから横切ってこうかと思うたら、ハルちゃんおった」
斉藤がふと真剣な顔になって、陽斗のことをじっと見つめた。その綺麗な顔にどきりとする。
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