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はるちゃんからハルちゃんへ
「ハルちゃん。一緒に暮らそ」
「……何言うてんねん。そんなん……あかんよ……」
思わぬ展開に、陽斗の声が詰まる。
確かに斉藤の気持ちは分かったし、とても嬉しかったけれど。だからと言って、このまま流されていいものだろうかと二の足を踏んでしまう。男同士のカップルがどれだけ世間から偏見の目で見られてきたか、痛いほど知っているから。
「あかんくないやん、別に。あかん理由なんてある?」
「やって……。斉藤は……ほんまはゲイちゃうし……」
「ゲイやとか、ゲイやないからとか関係あらへん。俺はハルちゃんを好きになってもうたし、ハルちゃんも俺を好きなんやったら、ええやん、それで」
「やけど……。お前、ほんまに確信持てるか? 覚悟できてるか? 俺の八重歯が忘れられへんだけちゃうんか? 男同士って、お前が思うてるほど世間は優しくないねんで。色んなもの犠牲にしたり、悔しい思いしたり、この先ええことばかりちゃうねんで。俺は、そんな思いを斉藤にして欲しくないねん」
「……まず、確信云々のくだりな。八重歯は確かに俺、好きやで。ハルちゃんの八重歯は八重歯ん中では一番に好きやで。やけど、さっきも言うたみたいに、八重歯よりもハルちゃんに触れたいと思うし、ハルちゃん自身に会いたくなんねん。俺にとったらそれはほんま凄いことやねんで。八重歯より好きになれる存在ができたって。それに、俺、ハルちゃんのこと、最初はあの小学生の『はるちゃん』と重ねて呼んでたところはあったけど、今は違うって言い切れる。最近全く『はるちゃん』出てこうへん。目の前の『ハルちゃん』しか出てこうへん」
「斉藤……」
「ほんで、もう1つ。男同士がってとこな。俺はこの先、嫌な思いしたって、肩身の狭い思いしたってかまへん。ハルちゃんが傍におってくれるんやったら、後は何も望まへん」
「…………」
何も言葉が出てこない。頭が混乱して、うまく自分の気持ちが整理できない。
「ハルちゃん。そりゃ、俺らって変な関係やったと思うで。怪しすぎる始まりやったで。やけど、そんなんもありちゃう? それでも、最終的にお互いがお互いを必要としてるって分かったんやから。そんな、深く考えんでも、素直に一緒におりたいからおる、それでええやんか」
「斉藤……めっちゃ喋るやん……。いつもは俺の方が喋るのに」
「やって、今が勝負どころやろ? ハルちゃん落とせるかどうかの。やから、頑張ってんねんで」
「……そうなん?」
「そうやで。で。落ちてくれるのくれへんの?」
斉藤の顔を見つめ返す。冗談めかして言われたけれど。陽斗を見る斉藤の瞳は真剣そのものだった。
あーあ。もう、どうにでもなれや。
陽斗はふっと笑って、答えた。
「落ちるもなにも……。もう、とっくの昔に落ちてハマってんねん。斉藤の沼に。深過ぎて、もう抜け出せへん。ずぶずぶ落ちてくだけや」
やから。そう呟いて、ゆっくりと斉藤に近づいた。とん、と斉藤の胸に額をぶつける。
「一緒に落ちるとこまで落ちてや」
「……おん」
斉藤の両手が陽斗の背中に優しく回った。ざあっと風が吹いて、僅かに残っていた桜の花びらが一斉に散ると、2人の頭上に舞い降りた。ひらひらと、薄いピンクの破片がそっと体を撫でていく。
こうして陽斗は斉藤と、初恋八重歯の『はるちゃん』ではなく、自分の愛称である『ハルちゃん』と呼ばれる間柄となった。
斉藤の温もりを感じながら陽斗は願う。この『ハルちゃん』と呼ばれる関係が、ずっとずっと続きますように、と。
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