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第5話 病棟勤務初日②
「栗林師長、何かありました?」
聞き取りやすい、よく通る声で、整えられたニュートラルブラウンの髪が似合っている。身長は180㎝はありそうで、細めのパンツを履いているので、すらりと体躯引き締まっているのがわかった。αが多い医者は、近寄り難さや威圧感を感じることが多いが、纏っている雰囲気が優しい。見た目はαっぽいのに、αっぽくない。
「こっちの2人新人さんなの。だから紹介させて欲しくて。時間いい?」
「ああ、今日から勤務なんですね。はい、大丈夫ですよ」
櫻乃先生がスマートな足取りで近づいてくる。近くで見ても鼻筋が通っており、肌も綺麗だ。卵みたいにつるんとしている。
「はじめまして。俺は櫻乃と言います。専門は消化器内科ですが、ここの病棟では内科全般を担当してます。よろしくお願いします」
丁寧に挨拶をされ、軽く会釈をされたので俺たちは慌てて挨拶を返す。
「永江直斗です。一生懸命頑張ります!よろしくお願いします」
「野澤昭仁です。俺も頑張ります。よろしくお願いします」
「永江君と野澤君ね。栗林さん、可愛い新人がはいってよかったですね」
「でしょ〜。期待の新人よ」
ニッコリと笑った顔と目が合った。お世辞とはわかっているが、カッコいい人に可愛いと言われてドキっとする。言われ慣れていない俺は耐性がない。
直斗は目が大きく、くりくりしており、唇も厚くぽってりしている。Ωに多い、小動物のような容姿で可愛いが、俺は吊り目で三白眼の瞳が特徴的で、よく目つきが悪いと言われた。それを隠すために真っ黒な髪に重めの前髪なので、地味であまり目立たない。Ωっぽくない見た目だ。
自己紹介後も櫻乃先生と師長が話しているが、その対応も物腰が柔らかく、今まで実習先で見た先生達とは違うため、思わずジッと見つめてしまう。
「じゃあ僕はこれで」
櫻乃先生はそう言うと、去り際に俺たちに目線をくれて笑いかけてくる。最後まで印象のいい先生だ。師長は廊下を歩きながら櫻乃先生の紹介をしてくれる。
「櫻乃先生も言ってたけど、先生はΩ病棟の内科全般を担当してくれてるの。専門が消化器内科だから、難しい症状や症例が出たら、それぞれ専門の内科の先生に紹介状を書いて診てもらうんだけどね。基本は櫻乃先生。患者さんやスタッフにとても丁寧に対応してくれるいい先生よ。βだからαの先生よりも患者さんも安心して治療を受けれているわ」
αだと思っていたが、βなのか。
「あ、あの、」
声のする方向をみると廊下を歩いていた患者さんがおずおずと止まって話しかけてきた。
「看護師さんすみません。歩いてたら点滴が落ちなくなったんですけど……」
「あら、それは大変。ちょっと見ますね」
師長さんはすぐに患者さんの元に近寄る。患者さんの手首にある点滴の固定テープが取れかかっており、針先が動いて落ちなくなっているみたいだった。
「これは固定し直しましょうか。あっちでテープ張り替えますね。新人君2人はちょっとそこで待ってて」
「「はい」」
患者さんと師長はスタッフステーションの方へ向かっていった。待ちぼうけになった俺たちは小さな声で話す。
「ねぇ、櫻乃先生かっこよかったね。αかと思ったよ」
「確かに」
先程紹介された櫻乃先生の話になった。直斗もカッコいいと思っていたみたいだ。
「αだったら番候補だったのにな。まぁβでもいい人なら候補だよね」
「おっ、早速番探しか」
「そうそう。今できることしようと思ったら、医者にα多いからアンテナ張っておこうかなって思って」
「いいんじゃね?仕事にも慣れなきゃいけないからまぁ程々にだけどな」
「惚けてふぬけになったら昭仁注意してね?」
「それ面倒くせぇやつじゃん。やだよ」
「薄情者〜」
研修の初日から落ち込んでいた直斗は、少しずつ前向きに考えるように頑張っているみたいだ。俺の軽口にも乗ってくれるようになった。
直斗が本気かどうかはわからないけれど、確かに櫻乃先生は理想像に近い人だ。でもβは基本Ωと本気の恋愛は難しい。発情期が定期的にくるので、見ていないところでの浮気やレイプの不安が常に付き纏うからだ。お互いを信頼していないと出来ないだろう。
「医者って結婚してても指輪してないから既婚者かわかんないよねー。新人がいきなり聞くわけにもいかないし、とりあえず候補だけ上げていこっと」
まぁ櫻乃先生は結婚してるだろうなと直斗と予想していると師長が帰ってきたので頭を切り替えてオリエンテーションに集中した。
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