2 / 23
【涙色ラブレター】2~東山晶~
「おい、なに黙ってんだよ。話があるんじゃないのか?」
純が急 かす。晶はごくり、と唾 を飲んだ。実際、それは長々と話し込むようなことではない。好きだと言って、恋人になりたいと言って、あとは相手の返事を待つ。それだけだ。だからほんの一分、いや、数十秒あればいい。ただ、告白というのはそれを話し出すまでに時間がかかるのが普通だろう。それを打ち明けようとしたら、何を言われるか考えただけで不安になって、もじもじして、緊張で準備していた言葉が全部吹っ飛んで、頭が真っ白になって、やたらと本題へ突入するのに時間がかかる。晶だって例外ではなかった。しかし、だからこそ。こんな時の為に、ラブレターを書いたのだ。誰より純を想っているのに、その時が来てもきっと緊張してしまって、上手に伝えることは難しいのだろうと思ったから。
「純ちゃん。おれさ、純ちゃんに渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
眉 をしかめて、純は首を傾 げる。晶は制服のスラックスのポケットから、えいやっ! とばかりに便せんを取り出した。
「こ、これ……、どうぞ!」
「なんだよ、これ?」
「これはその……、わかんないかな!」
「えっ、いや……。わかんないかなって言われても……」
どうやらしっかりと説明する必要があるらしい。晶は両手でしっかりと便せんを持って、ぐい、と純の前に差し出して言った。
「らっ、ら、ららら……、ラブレターだよ……っ!」
これでもかというほどにどもった後、晶の声が中庭にこだまする。蝉 の鳴き声がこんなにもうるさいのに、体の中で波打つ心臓の音がしっかり聞こえた。急激に体が熱くなる。額 に滲 んでいた汗が、頬を滑り落ちていく。
「……あぁ、ラブレターかぁ」
純が言った。その声はどこか落胆しているようにも聞こえる。そのせいで顔を上げるのが怖くて堪 らなくなった。晶はラブレターを差し出したまま俯 いて、こく、と頷く。ほどなくすると、純がため息を吐 き、いかにも気怠 そうな声を出した。
「悪いんだけどさぁ……、そういうの断っといてよ」
「えっ」
思わず顔を上げた。純は頭を掻 きながら、すぐ側 にある自動販売機へ向かった。晶は慌ててそれを追いかける。恐らくだが、彼は勘違いをしていた。無理もない。それが幼馴染の晶が書いたもので、晶の初恋の気持ちを綴 ったものだとは微塵 にも思わなかったのだろう。
今すぐ誤解を解 かなければ。そして自分の気持ちを、正直に伝えなければ。晶は高鳴って煩 わしい心臓を無視するように純を呼んだ。
「純ちゃん、あのさ……! これは、おれが――」
「オレは付き合ってる奴、ちゃんといるからって。そう伝えて」
「え……」
途端に、ずしん、と体が重くなった。ただでさえこの暑さで息苦しいのに、呼吸が止まりそうになった。うるさかった心臓が急に静かになっていく。体中の力がへなへなと抜けていく。晶は強張 った表情のまま、引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
「へえ。純ちゃん、付き合ってる人……いるんだ? だ、誰……?」
「誰……って、ナイショ。晶に言ったってわかんないよ」
けらけら笑いながら、純はポケットから小銭を取り出している。自動販売機にそれを一枚ずつ差し込んで、慣れたように一番上に並んでいるスポーツドリンクのボタンを押す。ガコンッ! と音がして、純はしゃがみ込み、ドリンクを手に取った。
「わかんない……かも。だけど――」
「いーんだよ、お前は知らなくて」
純は振り返り、晶の髪をわしゃわしゃと撫でる。昔から馴染 みのある端正な顔で、照れくさそうな笑みを向けられる。晶は昔から純にこうされるのが大好きだった。ほんの一瞬、ぽーっとしてしまったが、今は見惚 れている場合ではない。慌ててかぶりを振る。
「まぁ、そういうことだからさ。今度からそういうの渡されても断っといて」
「でも……っ、あ……、あのこれ、よ、読まないの……?」
あぁ……、違う……! そうじゃなくて……!
自分で自分を激しく叱咤 する。ここで言うに正しいのは、これは自分が書いたものだから読んでください、だ。しかし、すでに冷静ではいられなくなっている晶には、そう言うのが精一杯だった。
「読まない。だって応えられないんだから。読んだってしょうがないだろ?」
読んだって、しょうがないんだ……。
「そっか……」
「じゃあな。あっ、そうだ。今晩、お前んち行っていい? 面白い漫画借りたから、お前にも貸してやるよ」
「ありがとう……。待ってるね」
明るい笑顔で手を振って、純は去っていく。その背中が遠くなって見えなくなっても、晶はその場に立ち尽くしていた。
ともだちにシェアしよう!