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【涙色ラブレター】5~東山晶~
「青野はバカだなぁ。こんなに想ってくれる子が傍 にいるっていうのに」
「でも、それも純ちゃんには必要ないことなんだと思います……」
好きでも嫌いでもなく、そう言われた。男なのに、と拒否をされて、嫌ってくれた方がまだマシだったかもしれない。まるっきり眼中にない、関心を持ってもらえない、ということほど、辛 いものはなかった。今回のことで、晶はそれを身に染みて知った。
「ふうん……。でも、このままでいいの? 青野はまだ知らないんだろ? 晶くんが好きって」
「いいんです。もう諦めます。どうせ、来年の春には卒業して大学へ行っちゃうし」
「大学? あいつ、もう進路決まってるんだ?」
「はい。この前のインハイ予選で、声がかかったって。ずっと行きたいって言ってた大学で、東北にあるらしいんです。だからどの道、純ちゃんが卒業しちゃったら、しばらくは会えなくなります」
「そうなんだ……」
卒業までは、あと一年もない。もっと言えば、三年生が学校へ登校してくるのは一月の中旬くらいまでらしいので、純と過ごせるのはせいぜいあと半年ほど、ということになる。
そんなのしょうがないってわかってる。でも、短すぎるよ……。
あんなに泣いたはずなのに、まだ涙が滲 んでくる。それをまた手の甲で拭 おうとすると、三木がその手を取って、タオルを渡してくれた。
「辛 いね……」
「はい……」
こく、と頷いて返事をすると、そっと頭の上に手が乗った。そのまま優しく撫でられて、胸の内側がじんわりと温かくなる。その手は大好きな純のものではない。撫で方も、彼とは全然違う。それでも、不思議と晶はその温もりを感じて、ほっとしていた。だが。晶はふと、あることに気付いて、首を傾 げる。
この人……、全然ビックリしないんだな……。
心が寛大 なのだろうか。同性愛者である、ということを他人に話せば、もっと嫌悪感を持たれるものだとばかり思っていたが、三木は少しもそんな素振りは見せなかった。偶然とはいえ、話した相手が彼で良かった、と晶は思う。下手な相手なら、気持ち悪いだの、おかしいだのと言われて、もう二度と口をきいてもらえないかもしれない。それどころか、校内中に言いふらされ、揶揄 われることだってあり得る。だが、少なくとも彼はそういうタイプではなさそうだった。
よかったぁ。三木先輩が優しい人で……。
「俺でよかったらいつでも話、聞くから。……あ、そうだ! 帰りに二人で憂 さ晴らししようよ。カラオケでも寄って遊んで帰るなんてどう?」
「いや、でも――」
「――なんて。ちょうど今は俺もさ、一人でいたくない気分なんだ」
三木の声が急に寂しそうに掠 れて聞こえた。三木は立ち上がり、一度目を伏 せてからにこっと笑う。どこか憂 いを含んだような彼の笑みは儚 く透明感があって、とても綺麗だ。晶は思わず、彼の笑顔に魅入 ってしまった。
二人は窓を閉めてから教室を出て、一階の昇降口に向かって歩き始める。階段を下りながら、晶は隣にいる三木を見上げた。こうして見ると彼は本当に背が高いのだとわかった。恐らく純よりも高い。純の身長は百七十八センチだと聞いているから、三木はもしかしたら百八十センチを超えているのかもしれない。
現在、一六三センチで成長が止まっている晶にとっては羨 ましい話だ。けれど、それに妬 みなどは感じなかった。寧 ろ純と同じように、三木にも少なからず憧れを持った。
さて、そんな彼がさっき「今は一人でいたくない気分だ」と言ったわけだが、晶はまだその詳細を聞いていなかった。特に聞かなければならない理由も晶にはないのだが、何となく三木の寂しげな表情の理由がそれなのであろうということはわかって、気になった。
「あの、三木先輩?」
「何?」
「今日、一人でいたくない理由って……何かあるんですか」
晶が訊 ねると、三木は「まあね」と言って、話し始めた。
「実は、俺もさぁ、二年間好きだった人がいたんだけど、ついこの前、失恋したばかりなんだ」
「えぇ……! そうなんですか?」
「そんなに、意外?」
「あ……、いえ」
それには耳を疑ってしまった。一体、三木の何が不満だと言うのだろう。こんなに優しくて容姿端麗な男をフッて、相手はどんな人を選んだと言うのだろう。晶には理解できない。もしかしたら、好きな人と晴れて恋人同士になる、というのは想像していた以上に難しいものなのかもしれない。何と言ってもこの三木ですら叶わなかったのだから。晶はそう思わざるを得なかった。
「一年生の時からその人のことがずっと気になっててさ、どうせ叶いっこないだろうし、告白するなら卒業する時かなぁ、なんて思ってたんだけど……。言う前に失恋しちゃったんだよね」
はじめっから諦めてたんだ……。これだけ外見が整ってるのに、ネガティブな人なんだな……。
妙だった。見たところ完璧な容姿を持つ彼からは、微塵 にも自信というものを感じない。だが、結果的に失恋してしまったのなら、彼のネガティブな考えはあながち間違っていなかったのかもしれない、と思い直す。たとえば彼の想い人にも、誰か恋人がいたりしたのだろうか。
「その人、誰かと付き合ってたんですか」
「ううん。そうじゃなかったんだけどね。でも、結婚するんだってさ。今度」
「へ……? ケッコン?」
高校生で結婚とはどういうことだろう、と思った時。三木は前方に目を向ける。
「あ、因みにその好きな人ってのはね、あの人」
そう言って、一階の昇降口まで下りてきたところで、三木は立ち止まり、中庭に目をやって顎 をしゃくった。晶が驚いたことは言うまでもなかった。三木の視線の先にいるのはよく知る教師だったからだ。
「間宮 先生……ですか?」
「そう」
間宮は国語科の教師だ。校内に数いる教師の中でも、彼は若手な方だった。年齢は恐らく三十前後。彼は今、足早に中庭を通り抜け、体育館の方へ抜けていく。三木がなぜ、晶の恋愛に寛大 であるか。その理由を晶は真に理解した。彼もまた、同性愛者だったわけだ。
「あの人、結婚するんですか」
「そうだって。この前、お見合いしたらしいよ。お見合いするって話は知ってたけどさ、まさか本当にうまくいっちゃうなんて思わなかった」
肩をすくめて、「そんなことってあるんだねー」などと言いながら、三木は笑っている。晶はそれを見て口を尖らせ、下駄箱の中の革靴を少し乱暴に下に置いた。
「どうして笑うんですか」
「どうしてって……」
「悲しくないんですか」
「そりゃあね。でも、もういっぱい泣いたんだ」
三木は目を細くして笑みを浮かべているが、やはりどこか寂しそうだった。長い睫毛 が伏 せられて、憂 いを帯びた表情になっていくのを、晶はじっと見つめる。なんて儚 くて綺麗な人だろう。下心もなく、そう思う。
「悲しい時はいっぱい泣いておけばいい、そうすれば悲しいことはみんな流れてどっかに行っちゃって、そのうちいいことがやって来るんだって」
「え?」
「俺のばあちゃんはよくそう言うんだ。まぁ、だからって泣いたわけでもなかったけどさ……」
そう言った後、三木はもう一度、目を伏 せた。切なそうに頬を緩 めたその表情は、何かを思い出しているようにも見える。
「でも、これで本当にあっという間に忘れられたらいいね。お互いに」
三木は照れくさそうに頬を掻 いている。晶はふん、と鼻を鳴らした。びーびー泣いただけでそんなに簡単に忘れられたら苦労しない。とは言っても、引きずって想い続けることは不毛だし、途方もなく辛 いだろう。できるかできないかは別として、さっさと忘れてしまえるならその方がいいに決まっている。ただし、その自信は今はまだなかった。
「おれは、時間かかりそうです……」
「そっかぁ。俺は……あともうちょっとかな」
「じゃあ、いいことがもう来たんですか?」
「うーん。……たぶんね」
「たぶん?」
首を傾 げた。すると三木はくす、と笑みを零 して、晶の髪をまた優しく撫でた。
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