6 / 23

【涙色ラブレター】6~東山晶~

 晶はそのまま、三木と一緒に帰ることになった。幸い、彼とは帰る方向が同じだったし、互いに自転車通学だったので、帰りに駅前に寄ってカラオケだろうがファミレスだろうが、寄り道して帰るには実に好都合だった。 「ね、晶くんて、柏木三中だったの?」 「そうです。三木先輩は二中だったんですね」 「そう。隣の学区だったんだね。全然知らなかったなー。中学の時はバスケ部だったんだけど、三中には練習試合で何回か行ったことあるよ」 「へえ、バスケ部……」 「高校では入らなかったけどね」  互いの出身中学や、他愛ない話を続けながら、二人は並んで自転車を押して、人通りの多い駅前を歩いていく。どこへ行くのかは聞いていないが、三木はどこかへ向かっているようだった。 「こんなに近くに住んでるなら、いつでも遊べるね」 「あ、はい……」  遊んでくれるんだ……。 「ねぇ、一緒にお昼でも食べようよ。きっと、お腹いっぱいになったら元気も出るよ」  そう言うと、三木は駅前の駐輪場に入って行った。楽しそうに鼻歌を唄いながら、()いた場所を見つけるなり、自転車を停めている。 「あ、あの……、先輩、おれ……」  何だか申し訳ない――と、もたついていると、彼は振り向き、「晶くん、早く。後ろ、つっかえてる」と声を張った。晶は慌てて駐輪場へ入り、彼のいるすぐ近くに()きを見つけ、自転車を停める。 「なんか……。色々と気を遣ってもらっちゃってすみません……」 「いいんだって。俺も腹減ったし。晶くん、行こう」  不意に晶は手を取られ、そのまま、ぐい、と手を引かれた。腕は細いのに、意外にも強い力だった。 「えっ、とあの……。先輩――」 「晶くんもお腹減ってるだろ? いっぱい泣いたもんなー」  カラン、という音と共に、晶は三木に連れられてファミレスに入った。窓際の席へ通された二人は、四人用のソファ席にゆったりと座る。時刻は午後一時半。世間はちょうど昼時だ。昼休憩を取っているであろうサラリーマンや主婦らしい女性たちのグループで、店内はすっかり(にぎ)わっている。その中にはテスト期間が明けて、羽を伸ばす制服姿の高校生達の姿もちらほらあった。 「さぁて、何を食べようかなぁー」  三木は店のメニュー表を見ながら声を弾ませて言った。この店のメニュー単価は平均しても五百円そこそこの安い食事ばかりだ。しかし、値段の割に量が多いのがこの店の売りだった。その為、育ちざかりの男子高校生には重宝される。晶もここに来るのは初めてではない。以前、何度か純と来たことがある。二人きりだったり、(ある)いはそうではなかったり。  純ちゃんはいつも……ドリアと、ハンバーグと、ピザも頼んでたっけ。  自分の少なくとも倍の量を注文する純の姿を思い出して、晶はふうっとため息を()く。ここへ二人で来る時、いつだって晶は恋人気分だった。いや、正しくはそれを妄想しながら、食事をしていた。 「晶くん? どうした……?」 「え……っ、あぁ、いえ。なんでもないです」  さっさと忘れなければならない。数えきれないほどした妄想も、二人の思い出も、純が好きだという気持ちも、全部だ。なぜなら、それは意味がないから。想っていても届かないから。たとえ届いても、純にとっては意味のないものだから。  ズキズキと胸が痛んで、思わずぎゅっと胸の辺りを(つか)んだ。三木の心配そうな視線がこちらへ向けられている。それにはさっきから気付いていたが、だからと言って感情を隠して平気なフリはできない。晶はそんなに器用ではないし、大人でもないのだ。鬱々(うつうつ)として黙り込んでいると、不意に三木の手が伸びてくる。 「先輩……」  その手はさっきしてくれたように、そっと晶の頭の上に乗る。顔を上げると、三木は柔らかく微笑(ほほえ)んで晶に言った。 「何か、思い出しちゃったんでしょ?」 「はい……」 「よしよし。晶くんにこんな顔させて、ほんとにしようがない奴だね。青野は」  その声がとても優しくて、また涙が(にじ)み始める。ところが、次に三木がぽつり、と言った言葉に驚いて、涙はあっという間に引っ込んでしまった。 「俺なら絶対、そんな顔させないのになぁ」  さっきの、深い意味はないよね……。  晶の目の前で今、三木はパスタをフォークにくるくる巻きながら、それを口に運んでいる。すでにセットのサラダをぺろりと平らげていて、食後にはデザートを頼むつもりなのだそうだ。晶はハンバーグを頬張りながら、食事をする三木の様子をじっと見つめた。今さっき、彼は晶に「俺なら絶対にそんな顔はさせない」と、確かにそう言った。恐らくそれに深い意味はないのだ。彼はきっと晶を(なぐさ)めてくれようとして、それを言ったに違いなかった。けれど、どうしたことか。晶の胸はトクン、トクン……と高鳴っていた。 「ね、晶くんもデザート食べる? 俺、アイス頼もうかなぁって思うんだけど――」 「おれも食べたいです。っていうかその呼び方、やめてもらえませんか……」 「あれ。嫌だった? ごめん」  困ったような顔をして三木が言う。晶は慌ててかぶりを振った。三木に対してその言い方は、誤解を与えかねなかった。 「べ、別に嫌とかじゃないですけど! おれ、昔っから呼び捨てが多いから、君付けされるの慣れてないんですよ。呼ぶなら東山か、晶でお願いします」 「そっか。……じゃあ、晶にしようかな。ねぇ、晶」 「なんです?」 「なんでもない」 「え……?」  にこにこしながら頬杖(ほおづえ)をついて、三木は楽しそうにテーブルの上の呼び出しボタンを押した。  その後、デザートまでしっかり平らげた二人のおしゃべりは尽きなかった。どちらかというと晶が話をして、三木が聞き役に呈するという形になったが、彼は終始楽しそうだったし、笑顔だった。  はじめは告白を勘違いしたまま、ラブレターを目にも入れてくれなかった純の愚痴ばかり()いていた。しかし、それも散々話すと、そのうち自然と気が済んでくる。やがて、だんだんと話題は好きな漫画や音楽の話に切り替わっていった。  三木は晶の好むものを知らなくても、(はし)から興味を持ってくれる。晶の趣味はみんな純に習ったようなものばかりだったが、その中に三木と共感できるものがあると、とても嬉しくなった。そうして、日が暮れてくる頃、晶は純粋に三木と過ごす時間を楽しんでいた。結局、二人が店を出たのは、話し疲れてすっかり小腹も減ってきた午後六時半時過ぎだった。 「あぁ、楽しかった! つい話し込んじゃったなぁ」  あまりに長話をしたので、カラオケに寄る時間はすでにない。聞けば、三木はこの後アルバイトがあるとのことだった。なんでも、駅前の洋食店で働いているのだという。そこは晶も良く知る老舗(しにせ)だった。  チェーン店とは違う、ちょっとレトロな雰囲気がある洒落(しゃれ)た店構え。入れ替わりの激しい駅前の飲食店の中でも、そこだけは晶の幼い頃から変わらない。古くからファンに愛され、今も活気のあるその店で働いていると聞き、晶は余計に三木が大人びて見えた。  大人だぁ……。それに比べて、おれってやっぱりガキっぽいよなー……。 「すみませんでした……。おればっかりべらべら話して、ずっと聞いてもらってばかりで……」 「そうだった? 俺は楽しかったよ。そうそう。さっき話してた漫画、今度貸して。読んでみたいな」 「はい! じゃあ、今度持ってきます!」 「ありがと」  にこにこと笑みを浮かべながら、三木は自転車を押す。その隣を、晶は同じように自転車を押しながら歩いた。人の多い繁華街を過ぎると、この先は互いに帰り道が分かれる。やっと日が低くなってきた夕方の駅前のロータリーで、三木は自転車に(またが)った。 「じゃあ、また学校でね。あっ、そうだ!」  突然大事なことを思い出しかのように、三木は声を上げる。 「忘れるところだった。ケータイの番号、教えとくね」 「え、あっ、はい――」 「ちょっと待って、俺のはね――」  そう言いながら、三木はカバンから手帳を取り出した。そこにさらさらとペンで走り書きをした後、びりっと破って晶に渡す。今時、こんな風に番号を渡すのは少し古風なやり方だと思った。だが、それもまた大人びている三木にはどこか似合いだった。 「はい、これ。俺の番号」 「ありがとうございます……」 「ううん、何かあったらまた話聞くからね。俺もまた誘うし。じゃあね!」 「はい、また……」  三木は去っていく。晶はその背中が見えなくなるまで見送った。不意に言いようのない寂しさに襲われる。だが、手渡されたメモを見て、自然と笑みが(こぼ)れた。晶はひとまず、帰ってからメールを送ってみることにした。

ともだちにシェアしよう!