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【一目惚れ】1~三木葉介~

 可愛かったぁ……。これ……、ひょっとして一目惚れっていうのかな……。  アルバイトを終えて帰る、午後十時過ぎ。三木は一人、帰路につきながら考えていた。忙しく働いている最中も今も、頭の中に浮かぶのは、二年間片想いしていた国語科教師、間宮のこと――ではない。今日出会ったばかりの後輩のことだ。  ふわっとした癖毛の柔らかい栗色の髪。小柄(こがら)な体だが、決してひ弱でない健康的な体つき。幼さの残る顔つきと、ぱっちりとしたまん丸い瞳。名前を、東山晶といった。実を言うと、彼のことは以前から知っている。名前もうろ覚えではあるが、何となく聞いたことがあった。彼はクラスメイトで校内一の人気者、青野純の幼馴染、()わば弟分だった。度々、純に会いに、三年A組の教室へ遊びに来ていたのを、三木は何度も見かけたことがあったのだ。ただし、その時には純の新しい取り巻きか何かだと思っていたし、特に気にもしなかった。  ところが、その彼が目の前で瞳を真っ赤にしながら涙をぽろぽろと流し、声を上げて泣きじゃくっているのを見た瞬間、三木は()せられてしまった。なんていじらしくて、なんて純粋で、なんて可愛いのだろうか、と。  素直で感情表現が豊かな晶は、二年間、片想いしていた間宮とは全く違うタイプだ。間宮はいつも冷静、沈着で、穏やかな男だった。どこか物静かな雰囲気を持ちながら、決して冷たい印象はなく、目を細くして笑う顔には心がほぐれるようで、その魅力に一人の人間として憧れてしまう。三木はいつだってその笑顔に癒されていた。  しかし、晶は違う。彼は一緒にいればそれなりに手がかかりそうだし、高校一年生さながらの幼さがある。今のところ、頼れる相手――というより、放っておけない存在だ。それでも彼の泣き顔と、泣き止んだ一瞬の間に(こぼ)れた笑みは、三木の心をあっという間に(とりこ)にした。  もちろん、ただ外見で()かれただけではない。一緒に食事に行って、散々おしゃべりをして、晶という人間を知れば余計に心()かれ、癒されもした。アルバイト後に入っていたメールを見た今、その想いはさらに強くなっている。 『三木先輩、今日はありがとうございました! 先輩のおかげで元気になれそうです。今度また遊んでください!』  たったこれだけの、ごく普通のメールだ。それなのに三木はそれを見た途端、胸が急激に高鳴っていくのを感じた。いや、もっと言えば、ケータイにメールが入っているとわかった瞬間から、それが晶からなのではないか、と期待して、体が火照(ほて)ってしまったくらいだった。  俺って、軽いかな……。あんなに引きずってたはずなのに……。今は先生じゃなくて、晶に会いたいって思ってる……。  三木は自転車に乗って、家までの道を漕ぎ出す。早く家に帰ってメールを返したくて、気持ちは(はや)るばかりだ。つい最近まで引きずっていた恋が、今は遠く昔の思い出のように(かす)んでいる。こんなに呆気(あっけ)なく自分の気持ちが変わってしまうなんて、自分でもちょっと信じられない。けれど、もう止まれない気がした。長いこと(かか)えていた間宮への気持ちが、消えてなくなったわけではないのかもしれないが、今日、晶と出会って、確かに動き出したこの気持ちを、三木は無視できなかった。  俺じゃ、青野の代わりにはなれないかもしれないけど……。だけど、俺なら絶対……晶にあんな顔はさせない。もっと笑わせてあげられる。 「よし……」  三木は手帳を開き、スケジュールを確認する。だが、すぐに落胆した。その週末は、アルバイトのシフトが土曜も日曜も、しっかり一日中、入っている。 「あぁ、そうだった……」  三木は頭を(かか)え、自分を猛烈に叱咤(しった)した。テスト期間が明けたということもあるが、間宮のことを早く忘れたくて、なるべく考えないで済むように、()えて三木はそうしていた。少しうんざりするほど忙しくしているくらいが、精神的には楽だったのだ。  おかげで晶と会うのはまた学校で、という話になって、週末はこれまで通り、アルバイトに明け暮れることになった。ただ一つ違っているのは、三木の心の中が、すでに晶でいっぱいになっていること。そして、彼を想うだけで、これまでになく心が高揚してしまう、ということだった。 「三木くーん、今度受験だろ? バイトしてて大丈夫なの?」  晶と出会ってから、数日後――。退勤時、タイムカードを押した三木にそう話しかけたのは洋食店のオーナーだった。この店は時給もさほど高いわけではないし、仕事は大抵の場合、とても忙しい。けれど皆、従業員は絵に描いたようないい人ばかりで、いつも三木を気遣ってくれる。他にもっと割のいいアルバイトを探すことはそう難しくもなさそうだったが、それが気に入って三木はこの店でもう二年近く働いていた。 「週二くらいなら、秋まではそんなに問題ないですよ」 「秋までかー。いやぁ、三木くんいなくなると寂しくなるからなー」 「オーナー、俺、辞めるつもりは――」  その時だった。従業員の一人が、三木のいるバックルームへ入って来た。 「おーい、三木くん。外でお友達が待ってるぞ」 「お友達?」  (まゆ)をしかめる。もちろん、三木に友達はいるが、この店でアルバイトをしている、と話した友達はそう多くないし、その中にも、バイトが終わる時間に連絡もなく、わざわざ会いに来る人物なんて思い当たらなかった。 「誰だろ……。どんな子ですか?」 「ふわふわ頭のお坊ちゃん」 「ふわふわ……!」  晶……?  ふわふわ頭の友達と言えば彼しか思いつかない。まさか、と思いながらもしっかり期待して、三木は慌ててバックルームを出る。ガラス扉の向こうには、店の前できょろきょろしながら立っている小柄(こがら)な背中が見えた。晶だ。 「晶!」  外に出て、声をかける。振り返って三木を見るなり、晶は笑みをほころばせた。思わず抱きしめたくなるほどの可愛らしい笑顔に、三木の心臓が急激に高鳴り始める。体がどんどん火照(ほて)ってくる。それで改めて気付かされた。自分はすでに、こんなにも晶に()かれている。 「先輩、こんばんは! バイトもうすぐ終わりですか?」 「うん、そうだけど。どうした?」 「この前、話してた漫画、持って来たんです」 「え! わざわざ持って来てくれたの……?」  てっきり学校に持って来るものだと思っていたので、三木は驚いて聞き返す。すると、晶が慌てた風で言った。 「あ、あの、違うんです……! そこのコンビニにしか売ってないジュースがあって、それでちょっと自転車で買いに行こうと思ったら……、漫画のこと思い出して、ついでにと思って……!」  必死に説明する晶が可愛くて、くす、と笑みを(こぼ)す。どうして彼はこんなにも一つ一つに一所懸命なのだろう。そういうところにまた惹かれてしまう。三木は晶の持っている手提げの紙袋を受け取った。 「ありがとう……。晶、少し待ってられる?」 「は、はい……」 「そこまでだけど、一緒に帰ろう。俺、着替えてくるから」

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