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【一目惚れ】2~三木葉介~
そう言うなり、三木は急ぎ店内へ戻った。バックルームへ行って従業員用のロッカーを開け、急いで着替えをする。荷物と今借りた漫画をしっかり持ち、裏口から出る。
「お待たせ!」
声をかけ、晶の側 へ駆け寄った。晶はやはり屈託のない笑みで三木を迎えてくれる。
「お疲れ様です」と言ってくれる。
あぁ、可愛い……っ!
愛らしいその姿は、まるで飼い主を待っていた小型犬のようだ。ここで三木を待っていてくれた彼を、三木はやはり抱きしめたくて堪 らなくなった。けれど、知り合ったばかりで、失恋したばかりの彼をそうしてやることなどできない。三木はふうっと一度、深呼吸をして、昂 った気持ちをどうにかこうにか、落ち着けた。
しかし、帰り道は本当に短かい。二人が一緒にいられるのは、すぐそこの一区画までだった。それでは当然、気が済むはずもなく、三木は自転車で帰れば、僅 か数分の距離をいつもより少しだけ、遠回りして帰ることにした。
「それで、お目当てのジュースは買えたの?」
「はい! これ、本当にあのコンビニにしかないんですよ。後は国道の向こうのコンビニまで行かないと売ってないんです」
二人とも自転車なのに互いに乗ろうとはせず、押して歩いていた。それは傍 からみれば少し妙だったかもしれない。だが、これはできるだけ長く晶と一緒にいる為だ。三木が自転車に乗らずに歩いているので、晶もそれに従うように自転車を押して歩き、特に何か言うことはなかった。
「そうなんだ。よっぽど好きなんだな」
「はい!」
晶の好物とわかれば、頭の片隅にしっかりとメモ書きを残す。アルバイトのついでに買っておいて、学校で渡せば喜んでくれるだろうか、と考えてみたりもする。ところが、その時だった。
「あれ、晶?」
心浮かれて晶と並んで歩いているところに、不意に聞き覚えのある声が飛んできた。晶が振り返る。何となく、その声の主が誰なのかは察しがついた。三木も振り返って見れば、案の定だ。
「青野……」
「あれ? 三木じゃん! なんだ、お前ら知り合いだったのかよ」
「あぁ、まあね」
まさか、「青野が盛大にフッてくれたおかげで晶と知り合えたんだ」とは言えなかった。ここはとりあえず、返事を濁 しておくしかない。恐らく、晶も同じことを思っているだろう。
「純ちゃんは……、今帰り?」
「うん。部活終わってから、ちょっとだけ遊んできた。何だ、何だ、何買ってきたんだ? あっ、またお前こんなもん買いにわざわざこっちのコンビニまで来たのか!」
「だって、これ好きなんだもん」
「ほんっと、お前は一回ハマるとそればっかりになるからなぁー」
「いいじゃんか、別に」
純は晶の自転車の籠 に入っているレジ袋の中身を覗 き見ている。目の前で仲の良さそうな二人のやり取りを見せつけられたような気になって、三木は密かに嫉妬した。だが。
「あ、でもね、今日はそのついでに三木先輩に会いに来ようと思ったんだ」
なんて可愛いことを言ってくれるのだろう。三木は思わず頬を緩 ませる。おかげで嫉妬心も薄れてしまった。
「ふうん。三木んちってこの辺なのか?」
「いや。俺、その先の店でバイトしてるから。晶は貸してくれることになってた漫画を持って来てくれたんだよ」
三木はそう言って、自転車の籠 の中にある紙袋を指差す。すると純はそれも覗 き見て、「あぁ、これかぁー」と、さもわかった風な口調で言った。その言い方はやけに鼻につく。
「これ面白いぞ。オレがこいつに教えてやったんだ。な?」
「そ、そうだっけ……」
「そうだろうよー。お前、昔っからオレがハマったもんは、端 から好きになるじゃん」
「別に……っ、そんなことない……!」
「そんなことあるだろ。なーに恥ずかしがってんだよ、今更」
特段、それには反応しなかった。大方、そうだろうとは思っていたのだ。何せ、純は晶の兄貴分であり、幼馴染で、初恋の相手でもあるのだから、趣味嗜好 が似てしまうのも頷ける。当然のことだ。それに対しては多少なりとも悔しい気持ちはあるが、さすがに二人の長年の歴史に、つい先日出会ったばかりの自分がしゃしゃり出て行ったところで、敵うはずもない。
「晶は昔っからそうだもんなぁ。何でも、オレの真似してさ」
「違うもん!」
ただし。純の口ぶりを聞いていると、まるで晶は純のものだ、と示されているような気になる。非常に面白くない気分だが、それも今は仕方ないのかもしれない、と三木は二人には気付かれないように小さくため息を吐 いた。
「読むのが楽しみだよ。それじゃあ、俺はここで。二人とも気を付けて帰ってね」
「おう!」
「先輩、おやすみなさい……」
「おやすみ。また学校で」
自転車に跨 って、勢いよく漕ぎ出す。背後ではにぎやかな二人のやり取りが聞こえている。それにまた少し嫉妬しながら、三木は帰路についた。
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