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【夕立ち】1~東山晶~
週が明け、学校ではテストの返却が続いた。本当ならスッキリした気分で夏休みが来るのを待ち構えていたいところだが、晶はそうもいかない。テストの結果はもうひどいもので、中でも元々、苦手教科だった古典では、見事に赤点を取ってしまった。他の教科は何とか赤点だけは免 れたものの、あまりに中間テストとの差があったせいで、担当の教師には漏れなく叱られる羽目になった。おかげで古典は補講を受けなければならない。これもみんな純のせいだ。――と、それには罪のない純を、晶は心の中で責めた。
さてそんな中、三木とは一緒に帰ることがすでに日課になっている。三木は大抵、夜の七時からアルバイトに行くので、普通授業ともなれば本当に一緒に帰るだけの毎日だったが、それでも楽しかった。自転車に乗って、あれこれ話しながらゆったりと帰るその時間は、およそ三十分程度。それでも晶にとって、そのたった三十分は、毎日の楽しみになりつつあった。
「えー、今日は国語科の補講があるからなー。古典、現文で赤だった奴は必ず行けよ。くれぐれも忘れて帰らないように!」
「あーぁ、最悪だぁ……」
テストの返却が終わった、翌週のある日。ホームルーム中、担任教師が皆に呼びかける声が教室いっぱいに響いていた。晶はぼそりと独り言をぼやく。
「補講受けたくなぁい……」
今日から学校は短縮日課に入っている。夏休みまでは残り僅 か一週間だ。校内の生徒は皆、どこか浮き足立って見える。ただし、中には「部活がぁ……、合宿がぁ……」と嘆く者も少なくなかった。好きで入った部活動でも、夏休みになって練習がハードになると途端に、「休みたい、遊びたい」と思うようになるものなのかもしれない。
晶もいつもなら浮き足立っているはずだった。夏休み前ということだけでなく、短縮になった今日はいつも通り三木と一緒に帰って、ちょっと駅前で寄り道する時間だってあった。ファミレスで長話をしてもいい。カラオケに寄ってもいい。それなのに、今日は古典の補講がある。全く、タイミングが悪いったらない。
せっかく今日は先輩と遊びに行けると思ってたのになぁ……。
ホームルームが終わり、晶は剥 れながら帰り支度を始める。そこへ、不意に。晶を呼ぶ声が聞こえた。
「あーきら!」
「あっ、先輩!」
「一緒に帰ろ」
やって来たのは三木だ。教室の後ろの扉に凭 れかかり、手を振っている。いつものことではあるのだが、今日も彼は晶を迎えに来てくれたようだ。帰りのホームルームが終わると、三木は必ず晶の教室へ迎えに来てくれる。時にはその逆もあったが、どちらかと言えば、三木が晶を迎えに来ることの方が多かった。晶の担任教師はついつい、話が長くなる癖があるので、その分、ホームルームが長引くのだ。――とは言っても、三木に一年生の教室までわざわざ迎えに来てもらうのはあまりに申し訳ないので、晶は何度か「下で待っていてくれたらいい」と話した。だが彼は「どうせ下で待っていても暇 だから」という理由で、一階の三年A組の教室から、晶のいる四階の一年Ⅽ組の教室までわざわざ階段を上って来てくれる。晶は申し訳ないと思いつつも、それが嬉しくて堪 らなかった。そして今日も彼はいつも通り、晶を迎えにやって来てくれた、というわけだ。
「ねぇねぇ、東山。あの人、最近よく来るけど、東山の友達なの?」
隣の席で帰り支度をするクラスメイトの女子に訊 ねられ、晶は頷く。
「あぁ、うん」
「へえ、かっこいい人だねー」
「まぁね。あの人、三年生なんだ」
「へぇー」
背が高く見てくれもいい三木の姿にうっとりする女子は多いだろう。恐らく、彼に興味を持ち始めているのは彼女だけではないはずだ。三木が注目を浴びるのは悪い気分ではなかったが、晶を待つ間、大人びた彼は、まるで見世物 のようになってしまう。晶は急ぎ支度を整えて側 へ走り寄った。
「先輩、すみません……!」
「ん? どうした?」
「今日、補講入っちゃってるんです」
「あれ、そっか。一教科?」
「はい……」
実際のところは、こんなものは赤点みたいなものだ、と散々叱られた教科もあったのだが、三十点というラインを越えていれば、補講は受けなくていいことになっている。学校のルールは絶対だ。というわけで、晶が受けなければならない補講は古典のみとなる。しかし、一教科だけだと言っても、その間、三木を待たせる時間が一時間よりも少なくなることはない。
「なので、今日は先に帰っててください……」
「一教科だけなら待ってるよ」
「えっ、ホントに? い、いやでも……悪いですよ……」
待っていてくれると言われて、つい嬉しくなって声を弾ませてしまったが、一時間も待たせるのは非常に心苦しい。晶はかぶりを振る。
「一時間も待たせちゃうし――」
「大丈夫。今日はバイトもないし、一日時間あるんだ」
そっか……。今日は先輩、バイト休みだったんだ……。
それには内心喜びながらも、だったら余計に補講なんかなければよかったんだ、と地団駄を踏みたくもなる。もっとも、それが自業自得であるとわかってはいるが。
「でも……本当に、いいんですか……。待っててもらって」
「うん。その代わり、しっかり補講受けてくるんだよ」
頭の上に、そっと手が置かれた。三木の長い指が晶の癖毛の髪を梳 くようにして撫でてくれる。切れ長の目を細くして微笑 む三木を見て、晶も釣られて笑みを浮かべ、頷いた。
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