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【勘違い】3~東山晶~
「ちょっ……、純ちゃん? 何やって――」
「オレだってよくわかんねえ……。でも、オレは……、そうやってお前が三木ばっかり見てるのは……、嫌なんだ……!」
純の声が震えている。今までふざけてでもそうでなくても、何度か抱きしめられたことくらいはある。だが、そのどれとも、これは違っている。こんな風にきつく抱きしめられたことはないし、こんな風に震える声で何かを言われたこともない。
「嫌って……。純ちゃん……?」
「お前、あいつと昨日、浴衣なんか着て、花火行って、ファミレス行って……、それで? 手でも、繋いだのか?」
「な、何言ってんの……」
「道端であんな……抱きしめられてさ、何されてんだよ……」
純は晶をぎゅうっ、と抱きしめる。あまりに強く抱きしめられるせいで呼吸がうまくできない。体は潰れそうに痛かった。
「いった……、純ちゃん……! 痛いよ、離して……」
すると純は、晶をほんの少し離す。しかし、息を吐 く暇 もなくゆっくりと顔が近づいてきて、晶は慌てて顔を背 けた。
「バ……っ、何考えてんだよ……! 離せぇ!」
「三木なら、抵抗しなかったのか」
それを言われれば嘘は吐 けない。晶は、自分の顔が熱く火照 っていくのを感じながら俯 いた。
「どうなんだよ。言えよ。三木となら、キスしてたのか」
「……してたよ」
静かに答えた。寧 ろ晶もそれを望んでいた。手も繋ぎたいし、キスもしたい。いつかはまだよくは知らないそれ以上のこともしてみたい。なぜなら――。
「だっておれ、先輩のことが好きだもん……!」
「なんで三木なんだよ……。お前はずっと、昔っからオレにべったりだったじゃねーか。なのに、なんで急に三木なんかとつるんで……」
「だって、それは――」
「あんなもやしみたいな帰宅部野郎の、何がそんなにいいんだよ……!」
部活に入っていない三木をバカにしているのだろうか。そうとしか思えないセリフと口調には苛立 ちを隠せなかった。
「先輩はかっこいいよ。いつも優しくて大人で、おれのこと迷惑に思ってても、すごく大事にしてくれる……。それに、一緒にいると楽しいんだ。おれの話、たくさん聞いてくれて、笑ってくれる。部活やってなくたって、人の悪口言ってる今の純ちゃんより……、数百倍かっこいいよ」
なんで……。なんで急にそんなこと言うの……。純ちゃんには付き合ってる彼女がいるんじゃないか。だいたい、おれのラブレターなんか見ることもしなかったのに……。
「晶……」
「先輩に迷惑かけてるんなら、それはおれも嫌だし、もう会わないようにする。でも、好きなのは変わらないから。おれはずっと三木先輩が好きだから」
「そうかよ……」
「純ちゃんだって、ちゃんと彼女がいるんだから。おれなんかに構わないで、もっと大事にしてあげなくちゃだめだよ」
純はそれには何も返さなかった。晶の体をゆっくりと離し、肩を落とし、項垂 れるようにして扉を開ける。だが、やっと聞き取れるような声で言った。
「晶。オレさ、昨日……、彼女と別れたんだ」
「別れた……?」
「そうだよ。お前と三木が浴衣なんか着て、花火大会来てるの見たらさ、めちゃくちゃ腹立って、抱きしめられてんの見た時は、気がおかしくなりそうだった。……ほんとはオレ、ここんとこ、お前が三木に懐 いてるのも、ずっと面白くなかったんだ」
「な、なんで……」
「オレだって、よくわかんなかった……。でも、昨日の事があって、やっと気付いたんだ。お前は、ずっとオレのだったのに……って、お前らを見る度に、こんなにむしゃくしゃするのは……、オレがお前を、好きだからなのかもしれないって……」
「うそ……」
信じられなかった。確かにこれまで、晶も、晶の心も。みんな純のものだった。晶はずっと、純ばかり追って、純ばかり見つめていた。けれど今更、そんなことを言われても困る。
「そんな……っ、急にそんなこと、言わないでよ……。おれは――」
「ごめん。どうかしてるって、自分でもよくわかってる。オレ達はずっと、幼馴染だったし……」
「そうだよ……」
「でも、考えてくれないか。もし、お前が男でも抵抗ないんだったら……、三木じゃなくて、オレを見てほしい。男同士って、色々大変なこともあんだろうけど……。でも、オレ、お前のこと、絶対大事にするから――」
「だから、急にそんなこと言われても……」
「わかってる。だけど晶、オレはお前が好きだ。付き合ってほしい」
「――……っ」
言葉が出なかった。胸の内側で、様々な想いが吹き荒れ、感情が複雑に交差しながら昂 っていく。これ以上、純と話をしていたくない。理由もわからず、怒りと悲しさが溢れて、気がおかしくなってしまいそうだ。
「悪いけど……、頼むからもう帰って」
「晶――」
「おれ、課題やんなきゃだから……」
俯 いたまま、ぶっきらぼうにそう言って、拳をぐっと握りしめた。純の顔は見れなかった。今はどんな顔をして、彼を見たらいいのかわからなかったし、腹も立っていた。それなのに、不意に髪をくしゃくしゃと撫でられて、余計に複雑な気持ちになる。
「……邪魔してごめん。それじゃ、返事待ってるよ」
「純ちゃん、おれは――」
「言っとくけど、オレは諦め悪い方だから」
最後に。途方もなく優しい口調で、晶の言葉を遮 るように言い残し、純は部屋を出て行った。
なんだよ。なんなんだよ……。今更……。
純が去った後、晶は部屋の中で一人立ち尽くしたまま、拳を強く握りしめた。まだ戸惑っている。自分の気持ちを落ち着けることも、整理することもままならない。本当に純は勝手だ。しかし、腹を立てても嫌いにはなれなかった。
今も晶は、幼馴染として純のことを慕っているし信頼している。もしかしたら、ラブレターを渡した日、晶がもっと上手に告白できていたら、今頃、純は晶を選んでくれていたのかもしれなかった。恋人になって、幸せな毎日を送っていたのかもしれなかった。それでも、もう彼の想いに応 えることはできない。すべては過ぎ去ったこと。晶が今、好きなのはたった一人。三木だけだからだ。
「先輩……。三木先輩、会いたいよう……」
こんな時は、あの優しい声を聞きたい。「大丈夫だよ」と、「泣かないで」と言ってほしい。名前を呼んで、そして、夕べのようにもう一度抱きしめてほしい。
でも、それもみんな面倒くさいって、先輩はずっとそう思ってたのかな――。
「先輩……、ごめんなさい……。おれ、ガキだから……、ずっと気付かなくって……」
気がつくと、頬は涙で濡れていた。後から、後から溢れて流れ落ちていく涙を手の甲で拭 って、鼻をすする。全部、ショックだったのだ。純が今更になって自分を好きだと言ったことも、三木が晶の相手を仕方なくしてくれていて、本当は迷惑をかけている、と知ったのも。
どうしよう。でもおれ……、やっぱり先輩が好きだ……。諦められない。先輩に会いたい……。
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