晶……。一体どうしちゃったんだろ……？ 　花火大会から数日が経ったある日。今日も空は夏らしく晴れて、外気はどんどん熱を増していた。テレビからは天気予報が流れ、四十度近い猛暑日になると報じている。そんな中、三木は冷房の効いた部屋で一人、唸(うな)り声を出した。ケータイに映された晶の番号を眺めながら、ため息を吐(つ)く。どうしたことか。あれから晶に全く連絡がつかないのだ。 　何かあったのか……？　まさか、青野に何か言われたりしたんじゃ……。 　そう思っても、連絡がつかないことには聞きようがない。三木は晶の番号に電話をかけながら思い出していた。花火大会の後、純と話したことを。それは紛(まぎ)れもなく、三木に対しての宣戦布告だった。 「三木……」 「話って何？　青野が俺に話なんて珍しいよね？」 　三木が訊(たず)ねる。と言っても、純が三木に何を話そうとしているのか。それにはだいたい予想がついていた。きっと晶に手を出すな、とでも言いたいのだろう。だが三木は思う。あんなに晶を泣かせた純にこそ、手を出してほしくはない。 「単刀直入に言う。もうあんまりあいつに構わないでほしい」 　やはり。三木の勘はドンピシャに当たっていた。しかも、純の口調や態度は相変わらずで、「晶は自分のものだ」と言わんばかりだった。三木は思わず眉(まゆ)を上げる。 「どうしてお前がそんなことを言うんだよ」 「あいつの面倒は、ガキの頃からオレがずっとみてきたんだ。だから、これからも同じだ。お前の世話は必要ないから」 　幼馴染として、兄貴分として、のつもりか。はたまた恋敵(こいがたき)を遠ざけようとでも言うのか。もっともらしく純は言った。 「だったら、もっと晶を理解してやったら」 「お前に言われなくたって、オレはあいつをちゃんとわかってるよ」 「俺にはそうは見えないけど」 　何を言われても、三木は動じなかった。純が自分に対抗意識を持っているのではないか、と感じたことはこれまでにもあったのだ。少し前、アルバイトの帰りに偶然会った時、やけに彼の態度や口調が鼻についた理由は恐らくそれだった。ただし当時、純には単純に晶の兄貴分としての独占欲みたいなものがあるのだろう、と三木はそう思っていた。 「青野はさ、晶をどうしたいわけ？」 　三木が訊(たず)ねると、純は表情を歪(ゆが)めて言った。 「悪いけど……。オレは晶をお前に渡したくない……」 「……勝手だね」 「勝手でもいい。オレはあいつが好きだ。ここんとこ、お前と晶がつるんでたのがずっと嫌だった。どうしてこんな風に思うのかわからなかったけど、さっき、花火大会でのお前らを見て、やっと気が付いたよ。オレはあいつの一番でいたい。今までずっとそうだったみたいに、これからも――」 「だったら、どうして……！」 「何？」 「いや、何でもない……」 　だったら、最初に晶がラブレターを渡した時、どうして受け取ってやらなかったんだと責めたくなった。だが、それをわざわざ恋敵(こいがたき)に教えてやることもない。三木は何も言わず、純が何か言うのを待った。 「三木。幼馴染のオレの方が、あいつのことはよく知ってる。それにさ、男同士って……色々と大変だろ。周りからの目もあるし。こういう言い方は何だけど、あいつはオレとの方がうまくいくと思うんだ。頼む。身を引いて欲しい」 　それには堪(たま)らずに憤(いきどお)った。男同士だから。幼馴染だから。これまでの付き合いが長いから。だから、三木よりも自分の方が晶を幸せにできるということだろうか。三木は拳を握りしめ、溢れてくる怒りを必死に堪(こら)えた。 「……悪いけど、それはできないよ。誰と付き合うかは、晶が自分で決めることだろ。それにもし、晶が選んでくれるなら、俺は誰にも譲(ゆず)る気はない。一緒にいる時間はまだ短いけど、俺も、本気で晶が好きだから」 　はっきりと、そう言った。その後すぐ、純は「わかった……」と一言だけ返し、去って行ってしまった。 　その後、不安になった三木は翌日になってから、アルバイトが終わるとすぐ晶に電話をした。昼間にメールを送っておいたのだが、返信が来ていなかったのだ。しかし、やはり電話は繋がらず、メールも送ったらそれっきりで返ってこない。そのまま、数日が経ってしまった。 「晶……。どうしてるだろう……」 　なぜ、突然連絡がつかなくなってしまったのか。三木には見当もつかない。ただ、会いたかった。こうしている間にも、晶は純に取られてしまうのではないか、と気が気ではなかった。こんなことなら、もっと早くに何もかも伝えてしまえばよかった、と自分のこれまでの行動のすべてを悔やんだりもした。しかし、そんなことを思ったところで後の祭りだ。 　もしかして……。青野の奴、昨日、晶に告白したんじゃ――。 　だとすれば、今頃晶の気持ちは再燃しているとも考えられる。何しろ、長年恋焦(こ)がれていた初恋の相手なのだ。遅すぎるタイミングだとしても好きだと言われたら心が揺れないとも限らない。三木と距離を取ろうとすることだって十分考えられる。いや、寧(むし)ろ「あいつとは連絡を取るな」と言われているかもしれない。 　晶に会いたい……。でも、安易に会いに行かない方がいいのかな……。これだけ連絡してて、気付かないってこともないだろうし。 　突然連絡がつかなくなったのが意図的であるならば、無理矢理三木が会いに行っても、嫌がられてしまうかもしれない。 　三木は晶が好きだ。彼を欲しいと思う。だが、晶がそれを望まないなら、せめて幸せになってもらいたかった。一番好きな人の隣で笑っていてもらいたかった。 　それが俺の隣ならいいって思ってた。好きだって言ったら、同じ言葉を返して欲しいって。だけど、晶が青野を選ぶなら、俺は諦めなくちゃならないのかもしれないな……。 「あーあ、また失恋するのかなぁ……。俺……」 　三木はそう呟いて、もう一度、変化のないケータイの画面を気にした。