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【夏の終わり】2~東山晶~

 純ちゃんも大バカだけど、おれもバカだ……! なんで先輩に直接、確かめなかったんだろう。聞いた話みんな信じて、もう何週間も大好きな人を無視してたなんて、おれ――。  そこまで考えて自転車を漕ぐのを止めた。もう、遅いかもしれないと思った。  嫌われてるよな……。完全にもう……。  次第に目が熱を持って、視界がぼやけていく。晶は慌てて手の甲で目元を拭った。濡れた睫毛を乾かすように何度か瞬きさせて、もう一度自転車を漕ぎ出す。鼻をすすって奥歯を噛み締め、また目元を拭う。どうにか三木の家へ到着した頃、東の空はすでに暗い青に染まり、空は二色に分かれていた。  三木の家に着くと、晶は玄関前に自転車をそうっと停めた。おそるおそるインターフォンを押す。そしてドキドキしながら三木が出てくるのを待った。しかし、応答はない。  いないのかな……。  もう一度押した。やはり家の中に人のいる気配はなく、インターフォンには誰も出なかった。どうやらタイミングが悪かったようだ。留守だとすればここで待つことも考えたが、一体何時に三木が帰宅するのかもわからないので、それにも気が引けた。先に家族が帰って来たりなんかしたらそれこそ面倒だ。怪しい人物がいる、と思われても文句は言えない。 「やっぱケータイ持ってくるんだった……。今日は帰ろう……」  諦めて、ぼやきながら自転車に乗ろうとした時だった――。 「晶……?」  三木の声がして、体中の肌が粟立(あわだ)った。晶はゆっくりと、やや緊張して顔を上げた。 「晶だろ?」  久しぶりに聞く優しい声に、張り詰めていたものが一気にほぐれていくような心地がする。今こそちゃんと三木の顔を見たいのに、視界が再びみるみるうちにぼやけていった。 「先輩……」 「やっぱり晶だ! 久しぶりだね!」  あぁ、やはり。三木は変わらない。いつでも優しく、変わらずに晶に微笑(ほほえ)んでくれる。 「先輩……」  何週間も返事をしなかったことにひどい罪悪感を感じて、目に溜め込んだ涙がぼろぼろと溢れ出ていく。三木は途端にぎょっとして駆け寄って来た。当然だ。突然連絡もなしに訪ねてきて、道端でぐずぐず泣き始められたら、誰だってそういう反応をするだろう。 「ちょっ、ちょっと晶……!」 「ごめ……なさい……。ごめん……なさい……!」 「晶、ちゃんと息しな。どうしたの?」 「おれ……、おれ……、ずっと、ずっと……先輩のこと……、無視してて――……うぅ、えぇっ」 「わ、わかった……! わかったから! 晶、とりあえず家入ろうか。ね?」  慌てふためく三木に(うなが)され、肩を抱かれ、晶は三木の家へ入る。そのまま階段を上がり、三木の部屋へ通された。どれくらい泣いていただろう。気が付いた時にはすっかり日が暮れて、夕食時を過ぎていた。三木は、ぐずぐずと鼻をすすってはティッシュでちーんと鼻をかむ晶の背中を(さす)ってくれる。 「だいぶ、落ち着いた?」 「はい……」 「よかった」  彼は目を細め、頬を(ゆる)ませ、そう言った。晶は初めて三木と出会った日のことを思い出す。三木も同じことを考えていたらしい。やっと涙が止まった晶に、三木は静かに言った。 「初めて会った時も、こんなだったね」 「はい……」 「まるっきり同じだ」 「はい……」  三木はただ返事をする晶の髪をそっと撫でてくれる。そうされるのも久しぶりで、晶はまた泣きそうになった。だが、必死に(こら)える。三木に話をしなくてはならない。 「先輩……。おれの話、聞いてもらえますか……」 「うん。晶を泣かせたのは誰か、だいたい察しはつくけど」  泣きべそ顔のまま苦笑いを浮かべ、晶は花火大会の翌日からのことを三木に話し始めた。 「あンの……大ウソツキやろー……」  三木の顔は今、見たこともないほどに引きつっている。笑みを浮かべているのだろうが、目は全く笑っていなかった。要するに、彼は純にとても怒っていた。 「何してくれてんだ。……ったく!」 「すみません……。おれも鵜呑(うの)みにして何も考えないまま、先輩とは距離置いた方がいいんだって思い込んで……」 「ほんとだよ。もう俺、晶に嫌われちゃったのかと思ってたんだからね」  晶は咄嗟(とっさ)にかぶりを振る。そして思わず言ってしまった。 「ちがっ、おれは……、先輩が好きなんです……! あ――」  い、言えた……!  一瞬、三木の目が潤んだような気がした。しかし、それを確認する間もなく、晶は三木の胸にぎゅっと抱きしめられる。 「せ、せんぱ――」 「晶……、今の、ほんと……?」 「……うん」  胸の中で顔を(うず)め、頷いた。耳元で響くのは優しくて穏やかな三木の声。包んでくれるのは少し熱いくらいの体温。それから三木の匂いと、マリン系の香水。そのすべては、会えなくて苦しかったこの三週間、晶が毎夜思い出していた、三木のものだった。

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