21 / 23
【夏の終わり】2~東山晶~
純ちゃんも大バカだけど、おれもバカだ……! なんで先輩に直接、確かめなかったんだろう。聞いた話みんな信じて、もう何週間も大好きな人を無視してたなんて、おれ――。
そこまで考えて自転車を漕ぐのを止めた。もう、遅いかもしれないと思った。
嫌われてるよな……。完全にもう……。
次第に目が熱を持って、視界がぼやけていく。晶は慌てて手の甲で目元を拭った。濡れた睫毛を乾かすように何度か瞬きさせて、もう一度自転車を漕ぎ出す。鼻をすすって奥歯を噛み締め、また目元を拭う。どうにか三木の家へ到着した頃、東の空はすでに暗い青に染まり、空は二色に分かれていた。
三木の家に着くと、晶は玄関前に自転車をそうっと停めた。おそるおそるインターフォンを押す。そしてドキドキしながら三木が出てくるのを待った。しかし、応答はない。
いないのかな……。
もう一度押した。やはり家の中に人のいる気配はなく、インターフォンには誰も出なかった。どうやらタイミングが悪かったようだ。留守だとすればここで待つことも考えたが、一体何時に三木が帰宅するのかもわからないので、それにも気が引けた。先に家族が帰って来たりなんかしたらそれこそ面倒だ。怪しい人物がいる、と思われても文句は言えない。
「やっぱケータイ持ってくるんだった……。今日は帰ろう……」
諦めて、ぼやきながら自転車に乗ろうとした時だった――。
「晶……?」
三木の声がして、体中の肌が粟立 った。晶はゆっくりと、やや緊張して顔を上げた。
「晶だろ?」
久しぶりに聞く優しい声に、張り詰めていたものが一気にほぐれていくような心地がする。今こそちゃんと三木の顔を見たいのに、視界が再びみるみるうちにぼやけていった。
「先輩……」
「やっぱり晶だ! 久しぶりだね!」
あぁ、やはり。三木は変わらない。いつでも優しく、変わらずに晶に微笑 んでくれる。
「先輩……」
何週間も返事をしなかったことにひどい罪悪感を感じて、目に溜め込んだ涙がぼろぼろと溢れ出ていく。三木は途端にぎょっとして駆け寄って来た。当然だ。突然連絡もなしに訪ねてきて、道端でぐずぐず泣き始められたら、誰だってそういう反応をするだろう。
「ちょっ、ちょっと晶……!」
「ごめ……なさい……。ごめん……なさい……!」
「晶、ちゃんと息しな。どうしたの?」
「おれ……、おれ……、ずっと、ずっと……先輩のこと……、無視してて――……うぅ、えぇっ」
「わ、わかった……! わかったから! 晶、とりあえず家入ろうか。ね?」
慌てふためく三木に促 され、肩を抱かれ、晶は三木の家へ入る。そのまま階段を上がり、三木の部屋へ通された。どれくらい泣いていただろう。気が付いた時にはすっかり日が暮れて、夕食時を過ぎていた。三木は、ぐずぐずと鼻をすすってはティッシュでちーんと鼻をかむ晶の背中を擦 ってくれる。
「だいぶ、落ち着いた?」
「はい……」
「よかった」
彼は目を細め、頬を緩 ませ、そう言った。晶は初めて三木と出会った日のことを思い出す。三木も同じことを考えていたらしい。やっと涙が止まった晶に、三木は静かに言った。
「初めて会った時も、こんなだったね」
「はい……」
「まるっきり同じだ」
「はい……」
三木はただ返事をする晶の髪をそっと撫でてくれる。そうされるのも久しぶりで、晶はまた泣きそうになった。だが、必死に堪 える。三木に話をしなくてはならない。
「先輩……。おれの話、聞いてもらえますか……」
「うん。晶を泣かせたのは誰か、だいたい察しはつくけど」
泣きべそ顔のまま苦笑いを浮かべ、晶は花火大会の翌日からのことを三木に話し始めた。
「あンの……大ウソツキやろー……」
三木の顔は今、見たこともないほどに引きつっている。笑みを浮かべているのだろうが、目は全く笑っていなかった。要するに、彼は純にとても怒っていた。
「何してくれてんだ。……ったく!」
「すみません……。おれも鵜呑 みにして何も考えないまま、先輩とは距離置いた方がいいんだって思い込んで……」
「ほんとだよ。もう俺、晶に嫌われちゃったのかと思ってたんだからね」
晶は咄嗟 にかぶりを振る。そして思わず言ってしまった。
「ちがっ、おれは……、先輩が好きなんです……! あ――」
い、言えた……!
一瞬、三木の目が潤んだような気がした。しかし、それを確認する間もなく、晶は三木の胸にぎゅっと抱きしめられる。
「せ、せんぱ――」
「晶……、今の、ほんと……?」
「……うん」
胸の中で顔を埋 め、頷いた。耳元で響くのは優しくて穏やかな三木の声。包んでくれるのは少し熱いくらいの体温。それから三木の匂いと、マリン系の香水。そのすべては、会えなくて苦しかったこの三週間、晶が毎夜思い出していた、三木のものだった。
ともだちにシェアしよう!