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小さなすれ違い②/苛立ちと意地と……

「えぇ? また? もっと早く言ってくれればいいのにさ」 「しょうがないだろ。急に決まったんだからさ……」  今しがた帰宅した蓮二さんは俺がキッチンに立っているのを見て素っ気無く「明日は弁当いらないから」と呟いた。まだこれから準備しようって段階だったから無駄にしたわけじゃないんだけど、ここ最近こういうことが多くて俺は少しイラッとしてしまった。 「最近外で食うこと多くない? また同じ人なの?」 「しょうがないだろ。色々相談や打ち合わせも兼ねてるんだよ」  蓮二さんはさも面倒臭そうに、そう返事をする。  いや、別にいいんだけどさ、言い方ってもんがあるんじゃね? 「しょうがない」の一言で済まされてしまうのは俺だって気分もよろしくない。頼まれたわけじゃないのは百も承知だし、好きでやっていること……それでも少しは俺の気持ちになってくれてもいいのにな、と思ってしまった。それにランチの件もそうだけど、蓮二さんはあんなに嫌がっていた飲み会にも顔を出すようになっていた。そう、それも最近のすれ違いの原因の一つだ。 「でも先生同士プライベートで会ったりするの変じゃね?」 「いや、仕事仲間で昼にランチ行ったり飲み会だってあるだろ普通」 「え〜、そういうもの? 蓮二さんの職場で飲み会って珍しいんじゃない? だって先生だろ?」 「何なんだよさっきから……今日はやけに引っかかるな」 「………… 」  いつも昼に誘ってくるのは悩み多き若手の先生らしい。蓮二さんだって役職ついてるって言ったってまだ若いだろうし、何で蓮二さんばっか「相談」って理由をつけて誘ってくるんだよ。 「まあ相談って言っても結局はしょうもない世間話や恋愛相談みたいになってるんだけどな」 「は? 何それ……」  蓮二さんは忙しいんだよ。本当は家で昼飯済ませてから出勤したって大丈夫なのに、やること多いからわざわざ昼前から出勤してるんだよ。おまけに帰宅してからも仕事してるんだ。だから俺、あんま相手にされてないのに…… 「絶対それ、蓮二さん狙いじゃんか。なんか嫌だ」 「んなわけねえだろ。智、いい加減にしろ」  とうとう蓮二さんはプイッと怒って部屋に入ってしまった。俺もモヤモヤしたまま自分の弁当の下準備を済ませ、そのまま声もかけずに自室に戻った。  蓮二さんの帰宅が遅い時は待たないで寝る時もあるけど、普段なら仕事で朝の早い時は俺は蓮二さんより早く寝る。そして寝る前はちゃんと蓮二さんに声をかけ、おやすみのキスをするのが習慣になっていた。エッチしたくなったらそう言って寝る前に抱くこともあるけど、休みの前の日とかじゃなければそれもほとんど無い。 「あぁ……こうやってあえて蓮二さんにおやすみって言わないの、初めてかも……」  俺はベッドに横になり少しの後悔と無駄に湧く意地にすっきりしないまま眠りについた──  翌朝俺は目を覚まし、仕事に行く準備を始める。  蓮二さんは結局何時まで仕事をしていたのだろう。昨晩は苛ついてよく寝付けなかった。でも俺が起きている間に「おやすみ」も言ってこなかったからきっとまた遅くまで起きていたのだろうな。  蓮二さんの部屋にこっそり入り「行ってきます」と声をかけることも今日はしなかった。どうせいつも寝てるんだし、心の小さな俺はまだモヤモヤしたままだったから、大人気なくプンっとしたままひとり仕事に向かった。  この日から俺たちは更にすれ違いが続いた。弁当だってもう自分の分しか作っていない。ただでさえ生活リズムが違うのに、俺が蓮二さんに声をかけなかったら本当にろくに言葉を交わすこともなく日々が過ぎていった。別に蓮二さんの方から声をかけてくれたっていいのに、やっぱりこの人は何も感じていないのかいつも通りの蓮二さんで、仕事から帰ると自室に篭り、俺の知らない間に就寝している。それが余計に悔しく感じて俺は少し意地になってしまった。    蓮二さんとの長い付き合いの中で、俺がこんなふうに思ったのは初めてかもしれないな。

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