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小さなすれ違い③/蓮二の不安

 最近の智の態度がちょっとおかしい──  そう思ったのは、家に帰っても智の顔を見なくなったことに気がついてから……  普段から帰宅の遅い俺は玄関を入ると智に出迎えられることがほとんどだった。智は大体キッチンに立っているか、いなくても自室から顔をだし「おかえり。今日もお疲れ様」と労いの声をかけてくれる。それがここ最近、智が俺に声をかけてくることが無くなった。 「ただいま」 「……あ、おかえり」  今日も智の部屋の奥から声がするだけ。  別に無視をされているわけじゃない。俺の方からこうやって声をかければ普通に返してくれる。だから喧嘩をしたってわけでもない。そう俺は思っていた。  きっかけはわかっている。俺が智の好意を無下にしたこと。いや、そんなつもりはなくとも、結果そうなってしまって嫌な気持ちにさせていたのだと気がついていた。でもこれはしょうがないんだ。仕事をしていれば断れない事情だってあるのはお互いわかることだろうと、俺自身も思うところがあったから素直に「ごめん」とは言えずにいた。こんなことくらいで……そう感じていたから余計に意固地になってしまったのかもしれない。  今思えば、智にとってみたら「こんなことくらい」ではなかったのだろう。俺が気がついていないところできっと山ほど嫌な思いをしていたのだ……単なるきっかけにすぎない。    何となくひとり気不味い気分で毎日を過ごす。  智は俺に構うことなくいつも通りに見えた。智の様子がおかしいと感じるのはもしかしたら俺の思い過ごしなのかもしれないと、現実から逃げたくなる。智は俺に関心がなくなってしまったみたいだった。以前までは急な飲み会などが入って帰りが遅くなる時はちゃんと俺に連絡をくれていた。そんな気遣いも無くなってしまった今、智が家に帰ってない理由もよくわからなかった。  胸の奥がツンとする。いつもお喋りでうるさいくらいの智の声が聞こえないだけで、信じられないくらいこの部屋は静かで息苦しい。 『今日も遅くなるのか?』  堪らなくなり智の携帯にメッセージを入れた。これだってここ最近では俺からのこういった問いかけばかり。過去の会話文を見てみると他愛のないやり取りが頻繁に交わされている。智は俺からのメッセージにはすぐに返信をくれていたのに、今日の俺からの問いの返事はだいぶ経ってからだった。 『仕事が長引いたから夕飯は外で済ませるよ』 『わかった』  智は誰と一緒なのだろう……誰かと共に食事をしているのだろうか。智の交友関係は俺は知らない。俺とは違い、社交的な智にはきっと親しい友人もたくさんいるのだろう。  考えれば考えるほど、何で智は俺と一緒になってくれたのかと不思議に思う。一目惚れだと言ってくれ、今まで大事にしてもらってきたけど人間誰しも「飽き」がくるもの。こんな不器用で愛想のない男、いい加減嫌気がさしてもおかしくはない。  そう思ったらどんどん自分が惨めで情けない存在なのだと、気分が沈んだ。

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