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発端①/反省

「なんでいるんだよ……」 「なんでもくそもねえよ。蓮二さんどこ行ってたの?」  静かにドアを開け入ってきた蓮二さんを玄関先で俺は迎えた。蓮二さんは俺がいるとは思っていなかったらしくギョッとした顔をして俺を睨む。その顔を見て蓮二さんが無事だった事の安心感と、俺を無視した苛々が複雑に込み上げた。「どけよ」とわざと俺にぶつかってから部屋に入ろうとした蓮二さんを捕まえ、俺は思わず抱きしめてしまった。  こんな風に出迎えるつもりじゃなかった。自分が最初に発した言葉が思いの外冷たく感じ、心の中で「違う」と叫ぶ。  電話に出てもらえなかったことが本当は悲しかった。連絡が取れないことが不安で心配で辛かった。気を悪くさせてしまったことを、謝りたかった。 「……凄え心配したじゃんか。何やってんの? 蓮二さん、なんで電話出なかったの?」  俺の問いに蓮二さんは泣きそうにも見える少し複雑な顔をした。しまいには「そんなの出るわけがない」と怒り出してしまった。そう、怒るのも無理はない。だって蓮二さん、美典とは今回が初対面だったのだから──  数年前、晴れて蓮二さんとの交際がスタートし、そしてすぐに同棲することも決まった。これは蓮二さんのそばにいたいと俺から強く言いだしたこと。蓮二さんは「智がそうしたいなら」とあまり深く考えずにすぐに了承してくれた。物件探しから新たに買い揃える家電や家具の買い物、そして引っ越当日…… 全て時間を合わせ二人でやった。  蓮二さんは元々一人暮らしをしていたから生活するにあたっての準備はほとんどできていて、ずっと実家暮らしだった俺の方が色々とやらなきゃならないことが多く、面倒だったのを覚えている。  無事に引っ越しも終え、二人の生活がスタートし今に至るわけだけど、当時俺は引越しの日に間に合わなかった実家に残していた自分の荷物を運び入れるのに、妹の美典に手伝ってもらい運び込んだんだ。美典とは年も近いせいもありお互いの恋愛の話もよくしていたから、もちろん俺と蓮二さんの関係も知っている。ずっと遊び歩いていた俺が馬鹿みたいに蓮二さんに夢中になっているのが意外で面白かったらしく、珍しく俺の恋路を応援してくれていたんだ。  だから俺は美典には蓮二さんの話をたくさんしていた。そのせいで、蓮二さんと美典はすでに会った事があると俺は盛大に勘違いをしてしまっていた。 「だからその美典って奴は何者なんだよ」  怒り心頭な蓮二さんにそう言われ、俺は心底驚いて事の顛末を知る事になった。  そりゃいきなり知らない女が家に居座っていたら驚くわな…… あまりの申し訳なさに俺は蓮二さんにただただ平謝りだった。 「そもそもなんで智の妹が俺たちの家に一人でいたんだよ。俺も住んでるって知らなかった様子じゃなかったぞ! なんなら自分の家のように寛いでたけど? ああ、智の野菜ジュースも勝手に飲んでたし。それにどうやってこの家に入ったんだ? てかその美典って奴はもういないのか? 帰ったのか?」  なにも解決していないと言い、蓮二さんは矢継ぎ早に捲し立てる。感情的になって怒っている蓮二さんがちょっと珍しくて、俺は思わずボケっとしてしまい、更に蓮二さんを怒らせてしまった。 「なにニヤついてんだよ! 帰ったらいきなり知らない女に出迎えられた俺の気持ちがわかるか? 智の寝室のクッション抱いてさ…… あんな格好で…… 勘違いするだろうが!」  知らない奴が家にいて驚いただけでなく、美典を見て俺の浮気を疑っていた事も蓮二さんの態度から伝わってくる。  いや、いくらなんでも百歩譲って仮に浮気相手だったとしても、俺たちの愛の巣に連れてくるなんてあり得ないだろ。てか俺、浮気なんて絶対しないし、あれはクソ生意気な妹だし。  でも居た堪れなくなって家を出た蓮二さんの気持ちを考えたら、俺、しんどくて泣きそう。もし蓮二さんの浮気相手に鉢合わせたら、きっと俺だったらどうしたらいいのか混乱してなにもできないと思う。そうだな、俺もその場から逃げてしまうだろう。  蓮二さんは怒ったままだけど、とにかく状況が見えてきた俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。  この時までは──

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