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大喧嘩勃発②/智を待つ蓮二

「──もう疲れた」  そう言って仕事に向かった智は、その日の夜から家に帰らなくなった──  どうしてこうなった?  どんどん頭に血が上って、どんどん口から溢れてしまう言葉を止められなかった。まさに売り言葉に買い言葉。智と一緒にいてあんなに感情的になってしまったのも初めてだった。思い返すだけで恥ずかしくなる。  智の言う通りだった。いつも俺のことを大切にしてくれている智になら、どんな態度でいても許してくれると勘違いをしてしまっていた。思い上がりも甚だしい。嫌われるのが怖いくせに、そんな心とは裏腹に、俺はずっと智に甘えていたんだと思う。 「自業自得だ……」  今日も誰もいない暗い家に一人帰る。今日で何日目だろうか。智は毎日どこに行ってどこで過ごしているのだろう。もちろんすぐに電話をかけた。謝りたかったから……酷い態度であんなに優しい智を傷つけてしまった。  いい歳をして「素直になる」ことの大切さを今更ながら知ることになった。智は俺からの電話に出てくれることはなかった。着信を無視されるのならメッセージでも入れておこうかとも思ったけど、いくらつらつらと文章を打ち込んだところで、どうしたって白々しく思えてしまいできなかった。やっぱりちゃんと顔を見て、大事なことは面と向かって話がしたい。気持ちが伝わらなきゃ意味がない。  俺は智が帰ってきてくれるのを大人しく待つことにした──  そして今日もまた智のいないいつもと同じ毎日が始まる。 「滝島さん? 最近昼飯そればっかすね? やばくね? たまにはゆっくり時間とってメシ食った方がいいっすよ」 「これだって十分栄養取れるから大丈夫だ」 「いやいやいや……固形物をですね、ちゃんと……」 「大丈夫だ」  俺が手に持っているゼリー飲料を見て、慎太郎がため息を吐く。ここ何日か「メシ行きません?」と誘われていたけど、気が乗らずに断っていた。俺が毎日ゼリー飲料ひとつを手短に喉に流し込んでいる姿を見て、忙しいのだと勝手に勘違いしてくれているのがちょっと救いだった。  マネージャーとは名ばかりで教科指導も受け持っている俺は他の教師陣より遥かに仕事量が多い。確かに忙しいことには変わりはないが、智との一件があってからは気持ちに余裕が持てず、いつにも増してやらなくてはならない仕事が山積みに感じた。 「忙しいのはわかりますが、この前のことと何か関係あるんですよね? 最近彼女さんの愛妻弁当もないみたいだし……」  小声で俺にそう言う慎太郎は「今日は晩飯、付き合ってくださいね」と笑って教員室から出て行った。  確かに智の弁当じゃなくなってからしばらく経つ。それにしても愛妻弁当だと思われていたのか。確かに、俺が自分で弁当を作るタイプには見えないだろうけど、言われてみて改めて智の生活力、主婦力の様なものを思い知らされた。  俺は何でもかんでも智に頼り切っていたんだな。  智が出て行ってからも更に自分がダメな人間に思えてしょうがなかった。

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