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大喧嘩勃発④/「人間だもの」

「なんだ、喧嘩したとか言って仲良さそうじゃないですか。てか彼女さんめちゃくちゃ可愛い……」  こそっと俺に耳打ちして、慎太郎は美典のことを俺の「彼女」だと勘違いしたまま、気を使ったのか大人しく帰って行った。突然のことでびっくりしたけど、おかげで家に押し掛けられずに済んで助かったと胸を撫で下ろす。 「ありがとな。助かった……」 「へ? 何が? それより遅くまでお仕事お疲れ様」  美典は屈託なく笑うとすたすたと歩き出してしまう。その足は真っ直ぐ俺たちのマンションに向かっているから、本当に家に来る気なのだろう。 「なあ、美典ちゃん? 今日はどうしたの?」 「はぁ? 待って! 美典ちゃん、だなんてちょっと照れるぅ。蓮二さん、美典って呼び捨てでいいよ」  きゃっきゃとはしゃぎながら、俺の質問には答える様子もなく、結局二人揃って家に着いてしまった。 「ねえねえ、さっきのチャラそうなイケメンって誰?」 「あ? ああ、あれは仕事の……」 「え? あれも先生なの? ああいうの女子にモテそうだよねぇ。でも勉強教えるの下手そう。あぁ、お腹減った!」  美典は俺の話を最後まで聞かない。一人で楽しそうにベラベラ喋っている印象だ。初対面の時も、智より先に帰宅した俺に臆することなく一方的に話しかけてきた。まあ聞けば美典も俺とは初対面な気がしなかったということだったのだけど。はっきり物を言ったり裏表のない感じはやっぱり兄妹、よく似ていると思う。 「はぁ? 何これ! きったね! どうしちゃったの? 泥棒でも入った? ヤバいじゃん」  玄関を開け、中に入るなり大きな声で美典が叫ぶ。時間も時間だし、ちょっと声のトーンを抑えて欲しい。近所迷惑甚だしい。 「……いや、ちょっと散らかっているだけだ」 「ははっ、ウケる。これ散らかってるってレベルじゃなくね? アタシの部屋といい勝負じゃん」  美典は「一緒に片付けてあげるよ」と言いながら、そこらへんに散らばっていた空き缶やペットボトルを拾ってくれた。 「なんかごめんな……俺、何もできないんだよ」  俺はグズでノロマな……なんだかどこかで聞いたことのあるセリフな気がするけど、それくらい気分が落ち込んでいた。 「蓮二さん、すっごいきちんとしてそうなのにね。まあ誰でもそういうところもあるよ、人間だもの。ふふふ」  俺の意外な一面を見たと言って嬉しそうな美典に言葉が出なかった。落ち込んだ気分に美典の軽い感じの物言いがストンと心に入り込む。大丈夫だと言ってもらえた気がして、正直少しだけ気持ちが楽になった。  何故か張り切って部屋の片付けを始めた美典につられ、俺もなんとなく一緒になって片付ける。時計を見ると終電まで後わずか。そもそも美典の家がどの辺りかも俺は知らない。あの時わざわざここに泊まって始発で出ると言っていたわけだから、もうすでに帰る電車はないのかもしれない。  美典はなんのつもりでここに来たのだろう。智がいると思って来ているのなら、この現状を疑問に思ってもよさそうなのに、智がいないことも気にする様子は見られなかった。

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