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大喧嘩勃発⑥/愛されている

 美典のこんな不安そうな顔は初めて見た。それこそ意外で俺は心底申し訳ない気持ちになり謝った。 「あのね、俺たち喧嘩はしたけど別に美典ちゃんのせいじゃないから。気にしちゃったよね? ごめんな。大丈夫だから」  美典に変に罪悪感なんて持って欲しくなかった。これは全て俺のせいなんだ。 「ほんとに? ほんとにアタシが原因じゃないの? だって……アタシいっつも……」 「違う! 本当違うから。ごめんね。ね? ほら、顔上げて……」  美典は目に涙を溜めて「それでも」といって食い下がる。もしかしたら美典はこの性格のせいで誤解されることも多かったのかもしれない。 「まぁ、最初会った時はびっくりしたけど、別にそれだけだから」 「なに、蓮二さんめっちゃ優しいじゃん。でも、なんかごめんね。アタシのせいじゃないって言われても、やっぱりごめんって言いたい……」  照れ臭そうに笑いながら、美典は何度も俺に謝ってくれた。謝らなきゃいけないのは俺の方なのに。二人して「ごめん」を言い合ってちょっと可笑しい。でも美典に笑顔が戻って良かったと思った。 「智を怒らせてしまったのは俺が原因なんだよ」 「は? 嘘でしょ? 智が蓮二さんに対して怒った? 馬鹿じゃないの? 智、何様だよ。蓮二さんが智を追い出したんじゃないの?」 「いやいやいや……智が愛想尽かして出ていった、って感じかな」 「ありえない! 蓮二さん、冗談きついって……って、そうだ! 今日は泊めてね?」 「あ、ああ……」  やっぱり帰る気はないらしい、と時計を見る。どの道電車ももうないし、こうなることはわかっていた。でも美典とは一緒にいても嫌な気分にはならないし、智と同様、無理に気を使わなくても大丈夫な雰囲気に安心する。知らず知らずに自分もリラックスができていることに少し驚きつつ、やっぱり兄妹なんだなと感心した。      美典はひとまずシャワーを浴び、またこの前と同じ部屋着に着替え戻ってくる。改めて見るとちょっと過激にも見えるそれは、兄……ではないけど俺から見ても黙ってはいられなかった。 「それ、せめて足元を隠しなさい。あと胸元もそんなに開けない。恋人の前でならいいけど、ちょっとは恥じらいを……」 「ふふっ、蓮二さん、ママかよ」  楽しそうにしながらも、俺が渡したブランケットを足に掛け「それもそうだね、失礼しました」と素直に従う。少し話したいと言う美典に付き合い、俺も部屋着に着替え、コーヒーをいれた。 「喧嘩の原因はさ、別に聞かないけど……智は蓮二さんのことが大好きだからね。それだけは信じてやってね。あんなだけどさ、蓮二さんのこと、すっごい大事に思ってるから。いい加減な奴じゃないから」  多分それは俺もちゃんとわかってる。常に「愛されている」と実感していた。  改めて第三者に言われると恥ずかしいやら複雑な気持ちになる。男同士で付き合っていること、同棲していること、それを隠さずに話せている自分が信じられなかった。 「ありがとう。うん、大丈夫」  美典はいくら俺が智を怒らせたと言っても「悪いのは智だ」と言って聞かず、俺のことを肯定するようなことばかり言ってくれた。 「美典は優しいんだな」 「なに言ってんの? 蓮二さんこそ優しいじゃんか。もう、そろそろ寝るね。遅くまでありがと。なんかいっぱい話せて楽しかった」  美典が智の部屋に入り、俺も自身の部屋に戻る。  智と喧嘩してからずっと抱えていた自己嫌悪や罪悪感のような辛い気持ちが、美典のおかげで少しだけ和らいだ。  美典は次の日の朝「また来るね」と言って帰って行った。  智に内緒でデートしようね、と冗談も言いながら──  そしてその二日後、智がやっと家に帰って来てくれた。

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