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言いたいこと、伝えたいこと①/智の帰宅

「嘘だろ……」  昼間、俺の携帯に美典からメッセージが入った。仕事が早番だった俺は蓮二さんの留守中に家に向かったのだけど、玄関のドアを開け目にした光景に息をのんだ。 「美典の奴、蓮二さんが散らかした部屋を片してやったなんて偉そうに言ってたけどどこがだよ……びっくりだよ」  思わず独り言が飛び出すくらいにはとっ散らかったままの部屋。でも蓮二さんの生活が荒れているというのは嘘じゃなかったらしい。  俺は蓮二さんと喧嘩したままみっともなく逃げ出した──  言いたいことだけ言いっぱなしで酷いことをした自覚があった。それでも蓮二さんからの電話に出る勇気がなく、逃げたまま毎日を過ごしていた。美典が蓮二さんに会いに行っていたなんて夢にも思わず、美典からのメッセージを見た俺は猛烈に恥ずかしかった。  蓮二さんの普段俺に見せている態度とはまるで違った面を美典から聞かされることになるなんて、自分の不甲斐なさにうんざりする。美典にはことの発端は全て自分のせいだと言っていた蓮二さんは、俺が悪いとは一言も言っていなかったらしい。あの時は全部智が悪いのだと言わんばかりに息巻いていたくせに……  あの時の蓮二さんの気持ち、俺の気持ち…… きっとお互い思うこともある。ちゃんと話してしっかりと謝ろう、俺の方こそ見限られないようにしっかりしないと、と取り敢えず蓮二さんが帰宅するまでに部屋の片付けと夕飯の支度を済ませておいた。 「智?! 智、帰ってるのか?」  いつもの蓮二さんが帰宅する時間。ドアが開くと同時に蓮二さんは大きな声を出し俺を呼んだ。今頃のこのこ帰ってくるなんてちょっと俺、みっともねえよな……なんて思いながらも、俺は部屋から顔を出す。  久しぶりに見た蓮二さんの表情は少しやつれて見え、途端に居た堪れなくなった。俺の顔を見た蓮二さんもなんだか複雑な表情に見えた。 「た……ただいま」 「おかえり」  ぎこちない言葉。申し訳ない気持ちと愛おしさと、でもちゃんと話をしないと、と様々な気持ちが溢れて落ち着かない。それでもお互い言葉も少なく、そして何事もなかったかのようにいつもと同じに風呂を済ませた蓮二さんは、俺が作った夕飯を「久しぶりだ」と言って嬉しそうに食べてくれた。 「智は今まで実家にいたのか……」  食事も終え、リビングのソファにゆったりと座った蓮二さんは、俺の方を見ずにそう言った。なんとなく側にいたくて俺は図々しくも蓮二さんの隣に座る。  大きいとは言えない二人がけのソファ。「狭い!」と笑い合いながらもお互い寄り掛かるようにしていつも座っていた。  ごめんと素直に言いたいのに、この後に及んでその言葉が出てこない。蓮二さんはそんな俺に少し寄りかかりながら「心配した」と呟いた。 「どこに行ったのかも分からない。何も言わずに「もういい」なんて……そんな言葉だけで俺の前から消えやがって……ちゃんと言ってくれなきゃ、不安になるだろ」  蓮二さんは顔も上げずに俺の手をそっと握った。まるで甘えているかのように指を絡ませる様子に胸の奥がキュッとする。 「電話にも出てもらえないのって……結構キツイな。ごめんな」  こんな蓮二さん、普段じゃ絶対に見ることができないってわかっているけど、それでも黙ってられずに俺はその手を払ってしまった。

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