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親しき中にも礼儀有り⑥/穴があったら入りたい

「美典おはよ……」 「おはよ!」  美典はテーブルに三人分の朝食を並べ「あたたかいうちに早く食べよ」と席に着く。匂いで薄々気付いていたけど、テーブルに並んでいたのは茶碗に大盛りに盛られたご飯とサラダ、そして皿にてんこ盛りの焼肉だった。 「あ! ちょっと待って、この肉! 俺が買っておいたいい肉じゃんか! 何勝手に使ってんだよ」 「いいじゃん、どうせ食べるんだし」  智が冷蔵庫をチェックする。俺は冷蔵庫の中身は把握していないし料理もほぼ智の役割。食材は智に任せてあるから口出しできないので黙って見守る。 「朝から焼肉って……」 「は? 食べられるでしょ? 文句言うなし」 「うん、うまそうだけどもさ……」  智の言う通り、朝から結構なボリュームの内容に見ているだけでお腹がいっぱいになってしまいそう。それでもこの食欲を唆る匂いに俺の腹はグゥと鳴った。 「蓮二さんも、ご飯はどのくらい?」 「あ……あ、俺は少なめで大丈夫」 「おっけ」  不機嫌な智にお構いなしで美典は俺の茶碗にもご飯をよそってくれた。「いただきます」と食べてみると、いつも智が作ってくれる肉の味付けと全く同じで少し不思議な気分だった。 「蓮二さん、おいし?」 「ああ、美味いな」 「別に普通じゃね? 俺の方がもっと上手く作るし……」  智には聞いてないから、と美典は笑いながら箸をすすめる。俺はご飯を控え目にしたけど結局物足りなくておかわりをしてしまった。 「いや、お腹いっぱいだ。美典ちゃんの作ったの美味しかったから調子乗ってたくさん食べちゃったよ。ご馳走さま」 「ほんと蓮二さん、朝はあんま食べねえのにな」   しっかり腹も満たされて、もう一眠りしたいところだと笑っていると、美典が「そりゃそうだ」と言ってクスッと笑う。 「二人ともたっぷり運動した後はしっかり食べないとね」   一瞬なんのことか分からなかったけど、すぐに美典に揶揄われているのだと気がついた。恥ずかしさに一気に顔が熱くなりジトっと汗が滲む。智は全く訳がわからないみたいで「は? 運動なんてしてねえし」なんて言っている。 「いや……美典ちゃん、ごめん。やっぱり……聞こえてた、よね?」 「うん、結構ね」  ここまで話してやっと智も理解したらしく、急に真っ赤になって黙り込んでしまった。 「なんだよ、アタシいんのにエッチ始めちゃったじゃん、マジか! って思ったけど、別にイヤホンしてすぐ寝たし」  全然気にしてないから大丈夫だと美典は笑う。いや、それでも少しだったとはいえ行為の声を聞かれてしまったのは恥ずかしすぎる。智なんか昨晩の強引さが嘘のように真っ赤になって黙り込んでいるからちょっと可笑しい。身内に聞かれてしまうってのは精神的ダメージが大きいだろうな……と、少し他人事のように考えてたところに、美典が更に話を始めた。 「てかさ、蓮二さん、体大丈夫? 智が絶倫なの? アタシ一応気を使ってイヤホンして寝たけどさ、明け方目が覚めた時もまだヤってたでしょ。びっくりだよ、何時間ヤってんの? それとも休み休み? 流石にアタシもびっくりだよ。思春期じゃあるまいし」 「………… 」  恥ずかしすぎる── 「美典っ、ちょっと……もうちょっとデリカシーってもんが……」 「は? デリカシーって、こっちのセリフだっつうの」 「あ、うん、そうだね、ごめんなさい……」  智と美典の会話を聞きながら、ひたすら平謝りで、ほんと穴があったら入りたい気分だった。 「愛し合うのはいいことだけどさ、程々にしなよ。体だってしんどいだろうし。どうせ智が自分勝手にしてんでしょ? 最中めっちゃ喋ってたし。そういうのはお互い労ってこそじゃないの? 蓮二さんも嫌ならはっきり断ってもいいんだからね。もう遠慮するような仲じゃないでしょ」 「……はい」  思いがけず美典に説教される形になり死ぬほど恥ずかしい思いをしたけど、智が改まって俺に「ごめん」と言ってくれた。「もしかして俺って遅漏?」なんて聞いてくる始末。いや、適度に何度も射精できてんだから遅漏ではないんじゃないかな……と黙っていたら、すかさず美典が「智のは精力おばけって言うんだよ馬鹿」と笑い飛ばした。  朝食も済ませ、美典はバタバタと仕事に向かった。智と二人になった室内が思いの外静かに感じる。まるで過ぎ去った嵐のあとだ。 「なんかもう、色々ごめんなさい……」 「いや、俺の方こそ……」  それでも美典が明け透けに話してくれたのは良かったと思う。 「精力おばけって言われた」 「うん、そうだな」 「俺、おばけ? 精力おばけ、嫌?」 「……うん、ちょっと回数、多いかな。俺は一回で満足、かも……」 「えっ? い、一回? あ……善処します……多分、きっと」  もうここまで来たら笑い話だな、と二人で笑う。  でも一回で十分満足なのは結構本気で言ったんだけど、ちゃんと智に伝わっていますように……と俺は願わずにはいられなかった。

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