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地味な俺の母さんと父さん
うちの母さんはおしゃべりである。
今日仕事であったことや、帰りに見つけた猫のこととか、スーパーでお買い得品を見つけたとかとにかく良く喋る。そして非常におっとりとしてマイペースである。うちの姉ちゃんも非常にお喋りである。姉ちゃんはおっとりした母さんとは違いマシンガンのように喋る。この家族の中では俺がもっぱら聞き役である。
いつものように食卓で二人の話に相槌を打っていると、珍しく俺の話になった。
「誠、来週の土日文化祭なんでしょう?お母さん観に行くから。」
母さんがにこにこして言うが母親の前でメイド服を着てお帰りなさいませお嬢様という状況は勘弁してほしい。しかし、珍しい。母さんは今までそういった行事には勝手にこっそりと見に来ているというイメージだったため、俺にわざわざ行くと宣言することは今までなかった。
「俺にわざわざ宣言しなくても。いつもこっそり来てるじゃん。」
「あら、ばれてたの。思春期の息子が恥ずかしがるかと思ってこっそり行ってたのに。」
普通にばればれだよ。いつも当日そわそわしてるし。
「でも、最近誠が随分楽しそうだから。お母さんいつもよりアンタの学校に行けるの楽しみで。誠に楽しみだって言おうと思って。」にこにこしながら母さんが言う。
俺はそんなに最近楽しそうにしているのだろうか。
「俺、そんなに楽しそうにしてる?」
「今までで一番生き生きしてるわ。父さんがいなくなってからこんなに楽しそうな誠の姿みるの初めて。」
「それには私も同意。あんた父さんいなくなってからいつも半分死んだような目してたもん。どうでもいいみたいな。最近ようやく生気を感じる気がする。
」姉ちゃんが横から口出しする。
「彩香も誠の文化祭一緒に行く?」
母さんが姉ちゃんに聞くが、姉ちゃんは大学のサークルが忙しいからと断った。
しかし、俺はそんな目をしていたのか。全然気づかなかった。
父が亡くなったのは俺が中学1年生のときである。
おっとりして滅多なことでは動じない母が唯一取り乱した日であった。
父は癌だった。俺が小学生のときに、病気が分かって約2年弱の闘病生活を送っていた。父は物静かな人であった。病気が分かっていても母のお喋りをいつも聞いていた。
俺は、物静かで優しい父さんが大好きだった。父さんのそばは居心地が良くて、入院している間は寂しかった。
自分なりに、父さんの病気が良くなるように願掛けのようなこともしていた。1日1回以上良いことをするとか、髪を切らないとか。父さんの治療費のためと言って欲しいものも我慢していた。5年間使っていた黒いランドセルが壊れて、クラスのみんなにからかわれながらも姉ちゃんのお古の赤いランドセルで小学校に行っていた。
お母さんはそこまでお金に困ってないから、我慢する必要ないと言っていたが、俺が譲らなかった。お金があればもっと良くなる治療が受けられると思っていたのだ。
治療のために入退院を繰り返した父だったが、呼吸が苦しくなって入院したまま家に帰ってくることはなかった。最初は入院しても元気そうだった父さんが数日単位でどんどん弱っていく姿も見ることが嫌で、俺は最後のほうはあまり病院に顔を出さなかった。
最後に入院して約1か月で父さんは亡くなった。母は最期の1週間ほど泊まり込んで父さんのそばにいた。
亡くなる数時間前に母親から電話がきてすぐに病院にきてと言われた。行きたくないと言う俺に対して母さんが初めて俺に怒った。後悔するから、最後だから来なさいと怒鳴られた。
母さんに怒鳴られたのはこれが最初で最後である。
最期に会いにいったとき、父はもう喋れなかったし、ぴくりとも動かなかった。手足も冷え切っていてもう死んでるのではないかとさえ思った。ただ、繋がれているモニターだけが父が生きていることを証明していた。そしてその目は開きっぱなしであった。まばたきひとつしなかった。
俺が来ると看護師さんが聞こえるから喋りかけてあげてねと声をかけて病室から出て行った。病室には死にかけている父さんと母さんと姉ちゃんと俺だけになった。
母さんと姉さんは懸命に何も喋らない父さんに話かけていたが、俺はなにを喋ったらよいのか分からなかった。ただ開きっぱなしの父さんの目をじっとみていた。そしてしばらくして、ピーという機械音が父さんの生命が停まったことを知らせた。
そこからのことはあまり覚えていない。お葬式でみた父さんはちゃんと目を閉じていた。皮肉なことに生きていたときより顔色がよかった。母さんが化粧したからねと母が教えてくれた。父さんが死ぬ時も、お葬式でも母さんと姉さんは泣いていた。しかし、俺は泣けなかった。ただただ、時間がたつのをぼんやりと待っていた。
次の日から普通の日常生活に戻った。まるで昨日のことは夢だったかのように。母も姉も落ち込んではいたが、ずっと泣いたりはしていなかった。
しかし、その日から俺は自分から人に関わらなくなっていた。もともとお喋りではなく、友達も多いほうではなかったが。
地味で目立たない俺に向こうから話掛けてくる人はいなかった。それで良いと思っていた。他人と深く関わってもいつか来る別れが、つらくなるだけだから。
蓮さんと会ったとき、もう二度と会うことはないと思っていた。通りすがりに助けてくれたただの親切な人で、もう関わることはないと。
でも、蓮さんは俺を探し出してくれた。地味で目立たない俺を見つけてお前が好きだと言ってくれた。もしかしたら、俺はずっと待っていたのかもしれない。誰かが自分に関わってくれることを。他人との間に作った壁を誰かが無理やり壊してくれることを。蓮さんの真剣な目を見たとき、最後まで目を閉じなかった父の姿が頭をよぎった。
蓮さんに告白されてから、俺の世界は一変した。佐々木さんとマックに行ったり、別の高校に遊びに行って新さんや悠斗さんや律樹さんと喋ったり。家族だけで人付き合いは精一杯だと思っていた。俺は他人と深く関わるとは向いていないと思っていたが、他人のそばは、何より蓮さんのそばは思ったより居心地がよい。
俺がしばらく物思いにふけっていると母さんが心配したのか誠?と声をかけてきた。
「母さんは父さんのどこが好きになったの?」
俺の唐突な質問に母さんはそんな質問珍しいわねといいながら嬉しそうに答えてくれた。
「一目ぼれよ。目があったら好きだったの。」
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