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地味な俺と甘いマスクで面白さを求めるチャラ男の限定お付き合い③

「悠斗、どういうつもりよ?」彼女は動揺したように俺を見て言う。 まさか、彼女も今付き合っている女の子がしゃりしゃりでてくるとは思わなかったのだろう。俺達が会うときはいつも二人きりだったから。 「だから言っただろ。お前と付き合う気はもうないって。」 「悠斗、よくそんなこと言えるわね。さっきの私の傷見たでしょ。あのリスカの傷はもう消えないの。新しい傷も増えた。責任とってよ。」 「その傷は悠斗さんのせいなんですか?」まこちゃんが口を挟む。 「部外者は黙ってなさいよ。」彼女がまこちゃんをにらみつける。 「部外者ではないです。今の俺は悠斗さんの彼女です。悠斗さんと付き合いたいなら、俺に話を通してください。」 まこちゃんが淡々と述べる。 「もう一度聞きますけど。その傷は悠斗さんのせいなんですか?」 「そうよ。」彼女は顔を歪ませたまま答える。 「悠斗さんがあなたに何をしたのですか?」 「私がこんなに悠斗のことを考えているのに、悠斗は私のことを全然考えてくれなかった。他の子と仲良くしたり、私以外のことに時間を使おうとしたり。私は悠斗のために生きているのに、悠斗は私のために生きてくれないの。」 吐き気がした。 俺がなんでお前のために生きないといけないんだ。お前の人生を俺に押し付けないでくれ。 「どうしてあなたは悠斗さんのために生きているんですか。」 まこちゃんは質問の手を緩めない。俺の聞きたかったことを俺の代わりに聞いている。 「悠斗が好きだからに決まってるじゃない。悠斗が好きだから悠斗のために生きているの。」 「悠斗さんが好きだから何をやってもいいのでしょうか。」 「私は悠斗のためにやっているの。」 「それが悠斗さんを傷つけているのに?」 バシンという音がした。 彼女がまこちゃんの頬をたたいたのだ。 「アンタに何が分かるのよ!私は悠斗を傷つけてなんかない。悠斗のためにやったの。私が傷ついてるの。」 彼女がまこちゃんにつかみかかる。 俺は彼女の手をおさえる。 「俺はずっとつらかったよ。お前といて。」 俺は彼女の傷だらけの腕を見ながら言った。 「じゃあ私手首切るから。死んでやる。全部悠斗のせいだからね。」彼女はそんな俺をみて笑っている。 「させないよ。もう手首は切らせない。」その言葉に彼女が俺を期待を込めた目でみる。 「じゃあ、「今の会話、録音してあるから。保健所にも相談している。これから、録音した内容を保健所に届けにいくから。病院に入院させる。お前が手首を切るっていうのなら、死んでやるっていうのなら、刃物も全部取り上げて、病院のベットに縛りつけて、一生俺に会えないようにしてやる。」俺は彼女の言葉を遮って言った。 彼女の顔が固まる。 「なんでそんなことするの。なんで。私は病気なんかじゃない。ねぇ。全部悠斗のためにやったことなのに。」彼女が泣きだした。 「もっと早く、こうしてあげられなくてごめん。俺はもう一生お前と会わない。お前のために。」 俺が早く彼女のことを周りに相談していたら、彼女の傷は増えなかっただろうに。14歳のあの時に、彼女が最初に手首を切ったときに警察とか保健所とか第三者に相談していれば彼女はここまで歪まなかったのかもしれない。いくら彼女に行動を制限されていたとはいえ、やろうと思えばいくらでもできたはずなのに。 俺は怖かったのだ。 俺のせいだと言いながら彼女のつけた手首の傷が、周りにバレることが。彼女が自分でつけた傷だけど、原因は、きっかけは俺が作ってしまったから。 そうして半年ずるずる歪な関係を続けて、でも、彼女を受け入れ続ける我慢もできなくて、結局彼女を殴ってしまった。俺の弱さのせいで、彼女の傷は増えてしまった。 俺達は泣いている彼女を残してファミレスを後にした。 「彼女一人で残して大丈夫ですかね。」 「隣に座っていたの、俺の知り合いの警察の人。なんとかしてもらうように頼んでいるから。」 「そうだったんですね。なんか俺、首を突っ込んだ割にあんまり役に立てなくてすみません。悠斗さん一人でも大丈夫そうでしたね。」 とんでもない。 まこちゃんがあの時来てくれて変なことをしだすから、俺は冷静になれたのだ。彼女の前であんなに笑うことが、あの状況を面白いと思うことができたのだ。 「でも、なんでまこちゃんがあそこにいたの?女装して。」 「実は、蓮さん達に頼まれたんです。悠斗さんの様子がおかしいから見に行ってくれって。大事な文化祭前なのに上の空だし、準備を途中で抜け出すとか言い出すからって。」 やられた。気づかれていたのか。 「でも、なんでまこちゃんが女装して来てくれたの?」 「律樹さんは、悠斗くんは何でも一人で片づけちゃってつまんないからまこちゃんが女装してその場を面白くしてきてって言ってました。 あと、新さんは女遊びはほどほどにしろって言っただろって呆れてました。 最後に、蓮さんはみんなが俺に遠慮しているのと優秀すぎるせいで誰も俺に相談してくれない。俺はそんなに頼りないのだろうかって落ち込んでました。」 「何それ。俺一人で悩んでたの、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん。」 みんなの変化を面白がっている場合じゃなかった。みんなも、俺のことをよく見ていた。おそらく悩んでいる原因まで3人は気づいていたのだろう。あと、俺がみんなに頼ろうとしない理由も見抜いていた。多分自分達も同じだから。 蓮の言った通り、俺達は蓮への憧れが強すぎて、蓮に迷惑をかけたくないから、何かあっても一人で抱え込む癖がついてしまったし、実際にそれで上手く対処してきた。蓮に必要とされたくて、お互いを尊敬していて、自分が足を引っ張りたくないから。だから、みんなまこちゃんに変えられたのだ。地味で無害で大人しくていつの間にか蓮の心を奪っていたまこちゃんは、4人でいながら、1人でなんでも出来ると思いあがっていた俺達に、さり気なくその小さな手を貸してくれていたのだ。 参った。流石、あの蓮が惚れた男である。 俺達はそれから黙って藤ヶ丘高校まで歩いた。 「まこちゃん。ほっぺごめんね。」 校門に到着し、俺はまこちゃんに声をかけた。 彼女が叩いたその頬は少し赤い。 「悠斗さんのせいじゃないですよ。」まこちゃんが優しく言う。 俺はまこちゃんの腫れた頬に自分の唇をあてた。 「早く治るように。おまじない。」 くさいセリフは得意だったはずなのに、やってから恥ずかしくなってきた。まこちゃんの顔が見れなくて下を向く。 「ありがとうございます。」 まこちゃんの優しい声に俺は顔をあげた。 その時のまこちゃんの笑顔は、今まで遊んできたどんな女の子よりも可愛かった。

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