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地味な俺と不良高校最強のド直球男の両親へのご挨拶①

「初めまして。桐生蓮です。」 蓮さんが緊張した面持ちで母さんと姉ちゃんの前で自己紹介をする。俺もかなり緊張している。 何故、蓮さんが俺の家で母さんと姉ちゃんに自己紹介をしているのかと言うと、例の藤ヶ丘高校ストリップのネットにアップされた動画がきっかけである。あの動画をたまたま見ていた姉ちゃんが「この女装少年アンタじゃん。」と俺が蓮さんと公衆の面前でキスしたことに気づき、厄介なことに母さんに報告し、家に蓮さんを呼べという事態になったわけである。 「この度は、息子さんと、公衆の面前であんなことを・・・。すみません。」 蓮さんが項垂れて母さんと姉ちゃんに謝罪する。 「ちょっと待ってください、蓮さん。服を脱いだのも、押し倒したのもキスをしたのも俺からだし、蓮さんが謝る必要ないですって。」 俺はそんな蓮さんに慌てて言う。 「そーそー謝る必要ないわよ。アンタみたいなちんちくりんがこんなイケメンを襲うなんて。むしろこっちが愚弟のしでかしたことを謝りたいくらいだわ。」 姉ちゃんが笑って言う。 「誠、こんなにかっこいい人とあんな大胆なことするなんてやるわね。」 母さんもニコニコして言う。 そうなのである。別に母さんと姉ちゃんは俺が半裸で男とキスしたことに怒っているのではない。ただ、俺のイケメンな彼氏に会いたかっただけである。朝から掃除したり、お菓子作ったり、もてなすための準備にはりきっていた。二人ともいつもの1.5倍くらい化粧にも気合が入っていた。特に母さんのそわそわ感が半端ではなかった。 「誠のどこに惚れたの?本当に、誠で良かったの?蓮君みたいなイケメンだったら、女の子選び放題でしょ。」 姉ちゃんは蓮さんに質問攻めである。 「誠は、俺には勿体ないくらい、俺の自慢の恋人です。」 蓮さんが大真面目に答える。 俺は蓮さんの答えに恥ずかしくなって、下を向く。 「ひゅー。かっこいい。」 姉ちゃんは蓮さんのイケメンっぷりに大興奮である。姉ちゃんはひとしきり騒いだ後、バイトがあるからと名残惜しそうに家から出て行った。 「蓮さん、すみません。うちの姉ちゃん騒がしくて。」 「いや。ちょっと、性格、誠に似てる。」 「嘘。姉ちゃん顔は似てるけど、性格全く似てないねってよく言われるんですが。」 「俺を見ても、怖がらない。」 蓮さんが少し笑った。 「その、誠の家族は、俺とお前が付き合うことに関して大丈夫なのか?」 蓮さんは不安げに聞く。まあ、普通はそうだよな。 「うちの母さんのんびりしてるから多分大丈夫ですよ。姉ちゃんもマイペースだし。二人ともめったなことでは動じないから。」 「誠の、姉さんも母さんも良い人だな。」 蓮さんは安心したように言った。大分、緊張も解けてきたようである。 母さんがお茶とケーキと大量のお菓子を机に並べ、あれやこれやと蓮さんに勧める。 母さんは蓮さん相手にもお喋りの手を緩めない。蓮さんはそんな母さんに対して律儀に相槌を打ちながら聞く。 「蓮さん、母さんの話長いし、どうでもいいことばっかりだから、そんなに真剣に聞かなくても大丈夫だから。」 「そうそう、真剣に聞かなくてもいいのよ。蓮君は良い子ね。」 母さんは笑って言った。 お茶を飲みながらニコニコとずっととりとめのないお喋りをしていた母さんが真剣な顔で、蓮さんに向かって話を切り出す。 「蓮君、ありがとね。 誠、あなたのおかげで最近毎日楽しそうなの。お父さんがいなくなってから、ずっとふさぎこんでいて、でも私にはどうすることもできなくて。 あなたが、誠を救ってくれたのよ。人との出会いが、人との関わりが、大切な人の存在が怖いものではないと、素敵なことだと、誠に教えてくれてありがとう。」 蓮さんは俺を見て、そして、母さんを見て言った。 「俺も、誠に救われました。俺の大事な友達も。 そして、俺は、これからも、お互いに助け合って一生、誠と一緒に生きていきたいと思っています。 息子さんのこれからの人生を俺が一緒に歩んでもいいですか?」 これは、プロポーズという奴ではないだろうか。 母さんも俺と蓮さんを交互に見る。 「二人で生きていくのは大変よ。男同士だし。世の中は厳しいからいろいろ言われるかもしれないわ。 それに、人間だもの。永遠にとか、ずっととか、死ぬまで二人一緒は無理よ。どっちかが先にいなくなっちゃう。」 母さんは真剣な目をして言った。 父さんを亡くした母さんだからこそ、愛を誓った二人がずっと一緒に生きることが不可能であることを、困難であることを知っている。 母さんは言葉を続ける。 「だから、二人で大切なものをたくさん作りなさい。思い出でも友達でもなんでもいいわ。二人で作った大切なものは、ちゃんとあなたたちを支えてくれる。そうしたら、たとえ、どっちかが先にこの世からいなくなっても、たとえ二人が別れるようなときが来ても、独りぼっちじゃない。繋いだ縁と思い出があなたたちを支えてくれる。」 「はい。」 蓮さんは母さんの言葉を噛みしめるように頷いた。 「母さんは、父さんがいなくなっても、大丈夫だと思えるくらい大切なものがあったの?」 母さんも姉さんも父さんがいなくなって、落ち込んではいたけど、いつまでもふさぎ込んだりはしなかった。母さんは特に、俺と姉さんに対していつも通りを貫いていた。父さんの病気が分かった時も、父さんの寿命があとわずかだと分かった時も、弱っていく父さんのそばにいるときも、おっとりとしておしゃべりで優しい母さんを貫いていた。 「大丈夫だとは思ってないわよ。父さんがいなくなって、寂しいし、悲しいし、もし神様がいるんだったら、文句の一つどころか100つくらい言ってやりたいわよ。 でも、私には彩香と誠がいたもの。彩香と誠がいたから、父さんがいなくなっても、私はお母さんでいれたのよ。だから、彩香と誠には感謝してもしきれないわ。 誠、生まれてきてくれてありがとう。」 母さんは俺に向かって穏やかに言った。 「俺、ずっと言えなかったことがあるんだけど。 弱っていく父さんのこと、父さんが死ぬこと受け入れきれなくて、父さんのこと母さんに全部任せっぱなしでごめん。父さんの世話につきっきりだった母さんのこと労ったりしてあげられなくてごめん。 あと、父さんの最期に俺と父さんを合わせてくれてありがとう。」 母さんが怒鳴ってくれなかったら、俺は父さんが亡くなる瞬間に立ち会えなかっただろう。 「お父さん、もういつ死んでもおかしくないってところから、誠と彩香がくるまで頑張って生きてたの。動けなくなっても、喋れなくなっても、目だけ開けて、二人が来るのを待ってたの。ちゃんと、いつか、お父さんにお礼言うのよ。」 母さんの声は震えていた。 俺は声も出さずに頷いた。声を出したら、俺の声も震えるだろうから。

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