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第5話 閨宿直に任命される

――訳が分からない…… 「はぁぁぁぁ」 ため息が止まらない。不安でたまらない。 後宮の外れにある自室の寝台で茫然自失していたけど、考えても仕方ないよね。宿直だから少し寝ておいた方が良いんだろうけど。ちっとも眠くないから、顔洗って洗濯済の宦官服に着替えて身なりを整え待つことしばし。そわそわ落ち着かないので資料室から借りてきた『閨宿直の手引き』をぱらぱらとめくってみる。 ――確か、衝立の影で控えておくんだよね……   筆記具は置いてある、と。あ、でも使い慣れたの持っておいた方がいいよね。   は、鼻血出るかも! ちり紙ちり紙!   そうだ、厠に行きたくなったらどうしよう?! 行っとかなきゃ。   あああ、緊張する。お、お腹痛くなりそう。   お、おならとか出て雰囲気壊したら追い出されるかな……   追い出されても良いけど仕事なくなったら困るしなぁ。 考え出したら切りはなくって、厠にかけこんだり部屋をグルグル歩き回ったりしていたら、はたして夕刻、迎えが来た。ふんわりと優しい雰囲気を持つ年配のこの方、なんと後宮での陛下付侍女長である。 ――あっ、いつも美味しいおやつとお茶出して下さる方だ! 緊張が少しだけ軽くなる。 そう、僕は陛下の自室に伺うのは初めてではない。後宮勤めになってからというもの、ちょくちょく陛下の自室に連れ込まれている。広い宮殿内、なぜか陛下とばったり出会い、陛下自ら捕まえていくんだ。でも、今日みたいに迎えが来て伺う、というのは初めて。 「わっ、わざわざお越し下さりありがとうございます」 下働きの僕よりも位も年も随分と高い彼女に恐縮しつつ頭を下げると、ニコリと柔らかく笑いかけてくれる。一瞬ホッと肩から力が抜けたけど、陛下の居室への渡り廊下を歩くうちにまた胃がキリキリと痛くなってくる。 陛下の居室には、すでにリァンさまがいらっしゃって、二人で酒盃を傾けていらした。陛下は部屋着に羽織といったくつろいだお姿だけど、リァンさまは昼と同じ衣装のままだ。もしかしたら今日はご挨拶だけかもしれない、と心に一筋の光明が差しこむ。 「宦官のショウでございます」 跪き頭を下げる僕は声が震えないようにするので精一杯。 「こんな時間に済まないな! では早速……」 立ち上がりコホン、と咳で喉を整えた陛下が侍女から何やら受け取り広げると宣言する。 「ショウ、お前を閨宿直に任命する」 「……は、はい。ありがたく拝命いたします。じゃ、若輩者ではございま……」 「ああ、もういいぞ! 楽にしろ! ここはお前、何回も来てるだろう」 任命書をパサリと机に投げると歩み寄る。 「わぁっ」 陛下に腕を引上げられて、長椅子へと座らせられる。とご自分も隣に腰をおろす。 あろうことか肩をぐいっと抱いてくる。ちょ、ちょっと! いつもより近いんですけど! 「今日からよろしくな!」 「へ、陛下! わ、私は、あの、子供の時分に宦官になったものですから……あの、あのいろいろ未経験ですから、その粗相をしてしまわないかと……」 「アハハ! しょーちゃん、大丈夫よ~! 陛下にお任せしとけばいいから!」 リァンさまがパシリと僕の二の腕を叩きながら回り込み、陛下とは反対側の隣にトスンとおかけになる。 「しょーちゃん、だと? 俺もしょーちゃんって呼んで良いか?」 「へ、陛下! ととと、とんでもないです!」 やめて下さいと顔の前に手をかざすが、陛下は僕の手を柔らかくつかむと、すこぶる楽しそうにのぞきこんでくる。抱き込まれているから身動きもできない。 「あ、そうそう、閨宿直引き受けてくれたからね、しょーちゃんに俺からプレゼントがあるんだよね」 しょーちゃん呼びは確定のようだ。やっと腕を外してくれてフウッと息が抜ける。 陛下がチリンチリンと鈴を鳴らせば扉が開き、背の高い細身の女性がしずしずと入ってくる。顔を上げ目が合うと、記憶よりもずっと大人びた顔が泣き笑いになった。 「!……メイ!」 「お兄さま!」 それは遠流になっていた妹のメイだった。

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