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第6話 さあ仕事

グジッ……ズズッ、グシュ。 柔らかな布が僕の顔を拭ってくれる。えっこの手! 陛下―――?! 「も、申し訳、ありません。ヒグッ。お見苦しい、ところ、を! ありがとヒッ、うござい、ます。ウクッ。ありがとうござ、います」 「良い良い。喜んでもらえて良かった。お前たちの父親は、いわれのない罪を着せられて粛清されたことが分かっている。そのような者たちの名誉を急いで回復しているところでね。それに……リァンがメイをいたく気に入った、というか幼なじみだったのだな。気が合いそうだし、メイもここで働けば良いと勧めているところなんだよ」 陛下の華やかな笑みに、胸がいっぱいなのとしゃっくりで声が出ない。 メイは落ち着いたもので、目を赤くしながらも深く頭を下げている。 本当に大きくなった。もう16歳だもんね。すっごく綺麗になった。切れ長の涼しげな目は父上の面影があるけど、細く通った鼻筋と薄い唇は母上とそっくりだ。痩せてはいるけれど元気そうだ。良かった! 本当に良かった! 「メイちゃん、こすっちゃダメよ! フフフ、しょーちゃんは鼻が真っ赤っかよ!」 リァンさまがメイの目元を冷やしてくださる。二人並ぶと華やかなかわいらしさのリァンさまと涼やかな美人のメイ。部屋が明るくなるような二人にまた涙がこぼれそう。 感激に打ち震えているといつの間にか僕のしゃっくりも落ち着いていて、僕の顔をご覧になってうなずいた陛下が、輝かんばかりの笑顔で立ち上がる。 「さて、ではそろそろ今日の仕事をしてもらうかな」 ――そうだ宿直! 心臓が跳ね上がったけど、慌てて居住まいを正して陛下のお側へ控える。 「メイちゃんはこっちに来てね!」 妹はリァンさまに腕を引かれて来た扉から退室する。その姿を目で追えば、 「安心しろ。彼女は後宮に滞在できるように整えてある。明日またゆっくり話せば良い」 と優しく肩に手を添えられた。 自分みたいな下々にまで、こんなにも篤く細やかなお心遣い。熱いものが胸いっぱいに充満して、せめて仕事を滞りなくやり遂げたいと奮い立つ。 なぜか陛下に手を取られて閨に続く扉をくぐると、ほのかな灯りに大きな大きな寝台が浮かび上がる。外国式の寝台は僕の腰ほどの高さがあり、四隅に柱が立ち天蓋に覆われていた。褥の上には色とりどりの花が散らされ主の到着を待っている。上品な甘い香が焚かれ、美しい玻璃の器にゆらゆらとほのかな灯りがゆれる。 「ヒュッ……」 「お、しょーちゃん。呼吸呼吸。吐いて吐いて!」 「はぁ、はぁ、はぁ」 寝室に漂う濃艶な雰囲気のあまり、呼吸を忘れていたようだ。 陛下がトントンと背中を叩いて下さり、息をつく。 ――僕だけ浮きまくってる……似つかわしくないのが辛すぎる! ああ、宿直用の衝立どこ? 早く隠れたい~ 閨宿直のための衝立を探して目を巡らせるけど、寝台のほかは飾り棚のようなものしか見当たらない。頭に血が上って目眩がしそう。 「どどど、どちらに控えておればよろしいですか?」 手が震えるのをぐっと握りつぶし、一言一句聞き逃すまいとの目つきで陛下を見つめる。と、琥珀色の瞳の目尻が面白そうに下がり、唇がやわらかく笑みの形をつくる。 ――この壮絶な色気! 鼻血出そう……こんなお方の色事を漏らさず観察しないといけないなんて! もうのぼせてきた……倒れたらどうしよう。 陛下のお顔から目をそらしても、心臓が口から飛び出す勢いで騒いでいる。 手を引かれて向かった先は、腰ほどの高さの寝台。 上品な光沢を放つ掛布が腰掛けた陛下の重みでくしゃりとゆがみ、散らされた花がこぼれ落ちた。陛下はにっこり笑うと、となりをぽんぽんと叩く。 「そ、そそそ、そんなにおそばでないと、ダメなのですか?! リァンさまはお嫌ではないでしょうか!」 緊張のあまり声が裏返って、手の筆記具がぶるぶる震えてしまう。 「プッ……」 噴き出した陛下のお顔を伺えば目を細めて肩を震わせている。 「ほんっとにお前は……可愛いな」 「は?」 僕が首をかしげると陛下は両手を脇に差し入れ、ひょいっと僕を持ち上げて、ほいっと褥に転がした。 「わぁぁぁぁ~!!!」 視界が反転して錯乱する僕に、横に寝そべった陛下が覆い被さり片方の腕と膝だけで押さえ込んでくる。 「閨宿直だからね! ココで宿直をお願いしたいんだよね」

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