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第7話 本当はここで宿直

「閨宿直だからね! ココで宿直をお願いしたいんだよね」 そう言いながら陛下の大きな手が墨色の宦官服の上を滑ってゆく。 「こんなにきっちり着込んじゃって。疲れるでしょ」 「と、宿直で勤務中ですから、し、失礼のないようにと!」 「いやいや!リラックスしようよ~宦官服の禁欲的な感じも嫌いじゃないんだけどさ! 夜なんだから!」 襟元を緩める手を咎めるも、襟をくつろげするりと入りこみ胸をなでる。 「ひゃぁぁぁぁぁぁ……な何を! お、おやめ下さい! リァンさまが、リァンさまがいらっしゃいます!」 「あ、今晩もう彼女は来ないよ! 今頃メイちゃんとお茶でもしてるんじゃないかな。ここで閨宿直してもらうことリァンも知ってるから。フフ、この世の終わりみたいな声出しちゃって! まあ、今日は初めてだからとりあえず俺の話でも聞いてもらうかな?」 陛下は僕からそっと筆記具を取り上げると、寝台の外に置いてしまう。片肘をついて寝ころび直すと、緊張を解くように僕の頭や肩をなでながら、ぽつり、ぽつりと話し始める。 「聞いてくれるかい? 一応ここで話したことは内緒だぞ!」 「も、もちろんでふ、ぐっ」 琥珀の瞳から茶目っ気をあふれさせながら僕の唇を上下からつまむ。 もちろん口外なんて絶対しないし、そんな友人知人僕にはいませんよ陛下! 「俺はな、フフ……実はね、女性では勃たなくなっちゃってな、ここが」 「ひっ」 僕の下腹部を軽く叩かれてビクッと膝を寄せてしまう。僕にはないここが勃たないって、つまり……子作りできないってこと?! 唖然とする僕に、陛下は眉を八の字に寄せて見せたけど、琥珀の目には楽しそうな色が浮かんでいる。 ――そ、それは最高機密なのでは! 僕ごときが聞いても良い話なの? 僕、もしかして、いつか消される?! よっぽど困惑が前面に出ていたのか、陛下はニヤリと破顔して、すかさずなだめるように僕の胸をぽんぽんと優しく叩く。 「しょーちゃんは、俺が来る前の後宮の話は聞いたことある? 前帝って俺の伯父なんだけどね。彼はとにかく女好きでね。ここ、後宮にはすごい数の妃がいたんだけど、女同士のひがみから始まって、貶め合いいじめ合い、果てには殺し合いにまでなっちゃってね。俺は留学って名目でさっさと外国に逃げてたんだけどな、後宮の外にいた俺の兄まで毒殺されてしまう始末でね。その上たまに帰国すると、どうにかして結婚に持ち込もうって女がたくさんいてね、しつこくつきまとわれたり夜這いかけてくるのもいて、ほとほと女ってもんが嫌になっちゃった……」 「でも、リァンさま……は?」 「彼女はね……同士なんだよ! 僕は女がダメで、彼女は男が……ちょっとね」 絶句する僕の耳たぶを存外に硬い指先がもてあそび、無骨な手の甲が頬をさする。 ――えっ?! でも、リァンさま正妃候補としてお輿入れしたんだよね? そんな僕の疑問を見越したかのように、低く甘い声で陛下が囁く。 「お互いに見合い話がうるさすぎてね。偽装結婚なんだよ、実は」 「!!……ぼ、僕が伺って良いお話ではないのでは……」 「まーね。でもしょーちゃんに聞いて欲しくて」 「それなら、閨宿直は要らないんじゃないですか?」 「でもしょーちゃんに来て欲しくて」 「な、なんで僕なんですか?」 「なんでって、ただしょーちゃんのことが気にいったからなんだけど? ところで君は、お付き合いってしたことある?」 「い、いえ、まったくありません。12歳で宦官になりましたから……」 温かい大きな手が僕の片頬を包む。目に痛ましそうな色が見えてどうにも落ち着かない。 「そうだったね……」 ただ、続く声は明るく、遠くを見るような目で思い出し笑いする。 「実は昔、君に会ったことがあってね。しょーちゃん、子供の時に将棋大会で優勝したことあるだろ?」 「は、はい。貴族子弟の部でしたけど……たしか8の年だったかと思います。父との唯一の娯楽でしたので、かなりのめり込んでいました」 「君、上位者の中で最年少のくせに、難しい顔して対局するから面白くてね。優勝記念品渡したの、俺だったんだよ。さっきまで眉間に皺寄せてた子が、途端に年相応になって、目がキラキラしてニコニコしてさ、もう可愛くって! 印象に残ってたんだよね」 驚き、腕の中から見上げれば目尻を下げながら、またすぐに悲しい顔になる。 「後宮で見かけたとき、しょーちゃんの顔がどうにも記憶に引っかかってね。将棋に付き合ってもらったときに思い出して。調べさせたらやっぱりあの時の男の子で……でも家族は離散して、肉刑を受けて宦官になってる。君は何も悪くないのに」 前髪を梳いた指で額をなでながら、目をのぞき込まれる。 「辛かったね。肉刑なんて人道に悖ること、心から恥ずかしいよ。俺が国外に逃げてる間に本当にひどい国になってて。申し訳なかった」 コツリと額を合わせる。 「な、な、何をおっしゃるんです。陛下がお悪いことなんて一つもありません」 スリスリと鼻先同士を擦られて、まつげが触れそうなくらいの近さにある琥珀の瞳に心臓が痛いくらいの音を立てる。頭を引こうにもがっちり大きな手に包まれて身動きできない。 「もう、そんな不幸な人を出さないように、俺はもうちょっと頑張るから。許して欲しい」 そう言うと、なで回していた手と顎で僕の頭を寄せ、胸に抱き込まれた。 ――許して欲しいなんて! 陛下のせいじゃない…… 言葉を発したくても口元は弾力のある胸に押しつけられて動かせない。 腕力ではまったくかなわないし、逆らえるような身分でもない。 すぐに抱き込まれるがまま、くったりと脱力した。 やがて、衣越しに自分よりもちょっと高い体温がじわじわと染みこんでくる。 ――ああ、あったかいな…… この5年間、人肌のぬくもりを感じることなんてなかった。家族とは会えなかったし、友人とは会わないようにしてた。宦官同士の付き合いからは徹底的に逃げ回っていたし、出世に全く興味がない僕を構うような暇人もいなかった。だから、こんなに近くで、って近すぎるけど、人と接することなんてなかったんだ。 陛下の夜着も褥もすべすべと極上の肌触り。陛下からはほのかにたきしめられた香の匂い。抱き込まれて身動きできない身体に染みこんでくる人肌のぬくもり。 心地よさに目眩がして、瞼が開けていられない。

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