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第9話 毎日宿直

その日以降僕は、たびたび……いや毎日、宿直を仰せつかってます。 そして、次の日からは宿直用の衣が用意されてました。 「宦官服もストイックでそそられるものはあるんだけどね! でも疲れちゃうといけないからな! うん、サイズぴったり」 と広げて見せられた衣は、とろりと極上の肌触りで上品な光沢を放つ、前合わせの単衣。濃淡違いの柔らかな腰帯を巻いて留める、どこからどう見ても夜着にしか見えない一品。寝そべってるだけの業務に疲れるも何もないと思うんだけど……むしろ、元気になってるし。 陛下の前でそんな破廉恥な格好はできませんと抵抗しても、 「夜の制服、しょーちゃんだけの特注品だよ! 機能的にも閨宿直に最適なものにしたからね!」 と、いい笑顔で一蹴されて終わり。 ふわりと羽織れば肌に吸い付くように身体に沿って、まるで何も着ていないかのような軽さ。 「うんうん、良いな! 腕上げてみて。突っ張らない? うん、良い!」 端正なお顔を崩さないまま陛下は終始上機嫌。 「袖は長いのも良いかもな……」 「肌映りが良いのは桃色か白かな。淡黄も捨てがたい。ああ、青白磁なんかもいいな!」 「もう暖かいからな。そろそろ透け感の出番かな……まずは透かしを入れるか?うん!」 とか、目を眇めたりして僕を眺めながらぶつぶつつぶやいてはなにやら書き付けている。 日によって妙に裾が短いものもあったりして、僕の貧相な足が美しい夜着から覗くのが見るに堪えない。もうひたすら恥ずかしい。僕は何をしてるんだ。仕事だ! 仕事してるんだ。ああ、正気に戻っちゃいけないやつだ、これ。 そのあとは抱き上げられ絹の褥へそっと横たえられる。 いや確かに寝台は僕の腰くらいの高さがありますけど。でも、自分で上れますからとお断りしました。下働きの僕が陛下のお手を煩わせるなんて罰されそうです、と泣きつきました。でも、これも閨宿直の業務に入るからと、あまいあまい笑顔で言われてしまい、それからはおとなしく運ばれるがまま。 そのあとは陛下に添い寝し、というか抱き込まれ、今日あったことなど陛下のお話を伺うんだけど…… 匂いを嗅いだり、頬を擦ったり、耳たぶをつまんだりしているうちは序の口で、そのうちつるつるした生地の上からなで回し始める。首筋から背骨を伝って肩甲骨に行ったり肋骨に遊びに行ったり。 「しょーちゃんは背中のくぼみが深いねぇ。あー尻尾かわいい!」 そんなことを言いながら背骨を順々に確かめるように指を滑らせ、終点の尾てい骨をかわいがってくる。尻尾ぐりぐりするの変な感じ。微妙にくすぐったいのを超えるくらいの強さで摩られて、つい身体が逃げれば、今度はすかさず胸元に手を移す。待って! 僕、肉付き悪いくせに胸だけちょっと軟らかくって、なんか恥ずかしいのに。もちろん待つわけもなく、揉み込んでスルスルなでながら悶絶する陛下。目を閉じて眉根に皺を寄せる様がすごく格好いいのに、口元がゆるんでます。 「あああーむにってする! 絶妙! ふぁぁぁ!」 いやいや、悶絶したいのこっちです! 生地を挟むせいか指の感触が余計にこそばゆい。触れるか触れないかの強さで滑る指。平らだった胸の頂が最初ヒヤッとするだけだったのに……だんだん立ち上がっちゃって。そうなっちゃうともう、そこの感覚で頭がいっぱい。触られてるのは胸なのになんでか背中はゾワゾワするし、腿の付け根がジンジン痛いし、股が、何もない股が変な感じするんですけど! しかも大抵このくらいになると陛下が質問してくるの。キリッとお顔を引き締めて。今日あったこととか。でも手は止まらないし体中そこかしこ変な感じで…… 「ふぁ、い。お庭ぁっ……の芍薬ン、が、ぁあ~んんーーちょ、ちょっと、陛下!」 「うん? ああ机に挿してくれた芍薬はしょーちゃんが世話したのか! 良い色だったなぁ! しょーちゃんのほっぺみたいな」 「ひゃぁああああ!」 頬を吸われながら尻たぶを揉まれたりするからもう、何を話していたのか分からなくなる。 ところでお尻をなでた陛下が「ん?」って怪訝な顔をされた。たぶんお尻だけゴワゴワしてたからで……それは下履きを三枚重ねてるから。だってこうやって触られると、ちょっと漏れるんだ、何かが。男の大事なものがないからかもしれない。何にしろ褥を汚したら大変だし、こんなのばれたら恥ずかしくて死んじゃいそうだよ。 そしてバレた。ちょっと湿ってるのもバレて、油断したすきに三枚一緒にスルリと剥ぎ取られた。 「汚いから返してくださいーーーー! ううううっ……」 取り返して握りこんだままうつ伏せで泣いてしまった。恥ずかしくて、情けなくて。 「ごめん! 嫌だった? しょーちゃんが可愛くって可愛くって。つい触りたくなって」 背中をなだめるように手のひらで、ぽん、ぽん、と軽く打つ。 「役目だと思って我慢してた? ごめんな。つい一人で盛り上がってしまった。嫌だったら控える……から、ね?」 沈んだ声に伏せた褥から片目でのぞくと、眉尻が下がってオロオロする陛下が見える。 陛下の困った顔。見えた瞬間に胸がギュンと音を立てた。こんな顔させちゃいけないよね。恥ずかしくて死にそうだけど、僕のシモがゆるいのは本当に嫌だけど、でもこの時間が嫌いなわけじゃないんだ。誤解されたくなくてふるふると頭を横に振ったら、大きな腕に抱き寄せられた。背中から包まれる。 「良かった……ただ一緒にいてくれるだけでも嬉しいんだ」 「嫌じゃ……ない、です。でも、は、恥ずかしいんです!」 「嫌じゃないなんて、無理してない? 俺、喜んでもいい?」 コクリと頷けばこわばりが抜けたのを背中に感じて、僕も力が抜ける。 こんな貧相な身体、触り心地もよくないだろうし骨がコツコツして抱き心地も良くないだろうなといつも思う。僕のみっともない姿と情けない声は心底恥ずかしくて嫌だ。でも、心ゆくまで僕をいじり倒した陛下に包み込まれて、眠りおちてしまう温かくて静かで深い深い眠り。もう、夢も見ない。 この時間が本当はとっても好きなんだ、と気付いている。陛下が僕に飽きたら、独り寝に戻ったら、もう眠れなくなるんじゃないかと怖くなるくらいに。この夢みたいな温かい時間はいつまで続くんだろう。本当は怖いよ、夢から覚めるみたいにあっけなく終わっちゃうんじゃないかって。

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