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第11話 メイの結婚
僕が閨宿直――というか、ほぼ夜伽――の仕事に慣れてきたころ、リァンさまの侍女に加わった妹のメイも後宮にずいぶんと慣れたみたいだった。
侍女の中では16歳で最年少だけど、誰よりも背が高いメイ。加えて口数が少なくて落ち着いてるから、年齢よりも大人びて見える。侍女の皆さまはなかなかに派手な美人さんばかりなんだけど、その中にあって清楚な美しさがかえって引き立ってる、と兄は思ってる。控えめながらもてきぱきと仕事をこなす姿が、兄の贔屓目抜きにしても素敵で誇らしくって、胸も目頭も熱くなる!
僕と同じで、メイも小さい頃にリァンさまとは何度もお会いしていて、素敵なお姉さまとして憧れていたから、とても張り切ってるのが垣間見えて頬が緩んでしまう。今だって、明るく話題も豊富なリァンさまのおしゃべりを嬉しそうに伺いながらも、仕事の手は休めない。さすが僕の妹!
ついついメイのことが気になって、こっそり見に行ってしまうんだけど、最近気づいたことが……もともと幼なじみということもあるけど、リァンさまとメイの距離が近いんだよね。ちょっと近すぎやしないか? 女の子ってこんなもんなの? リァンさまがかわいがってくださるのはとても嬉しいけど、ちょっと嫌な予感がする。というかすでに、メイを見る目つきが怖い侍女がいるんだよな。兄は心配でハラハラしてしまうよ……
そんなある夜、陛下が褥の上で僕を正面に座らせた。とても真面目なお顔で緊張感すら漂わせておいでだ。すわ、何事か! と僕は正座でかしこまる。
「しょーちゃんに相談がある」
何? なんか深刻な話かな? 閨宿直はもう必要ないとかだったらどうしよう。
陛下が目を泳がせてから空咳で喉を整えておられるのを見て、ゴクリと唾をのむ。
「あー実はな、メイを側妃として迎え入れようかと考えている。肉親であるしょーちゃんの考えを聞いて、認めてもらえるならすぐにでも準備に入りたいと思う。……どうかな?」
「!!!」
考えてもみなかった陛下の言葉に体が硬直する。言葉が出てこない。
――メイが側妃?! メイのこと、そんなに気に入って下さってたんだ? あ! もしかして、お世継ぎをもうけるために?
大切な妹の思いがけない玉の輿に喜ばなければいけないのに。
背筋がスッと冷えて心臓がズキズキする。
――僕は……もう、必要ない? ……ついに、お側を離れる日が来た?
僕はしばらく固まったままだったらしい。膝を見つめたままウンともスンとも言わない僕に、陛下がおそるおそる声をかける。
「もしかして……怒ってる? しょーちゃんの大切な妹だからね、側妃なんかにして怒られないか不安で。側妃って言ったって形だけなんだ。リァンが正妃になるのは動かせないし、今どき重婚ってのは俺も嫌なんだけどな。リァンたっての希望でね」
「え???」
うつむき加減で首をかしげる僕を陛下が下からのぞきこむ。
「もちろん大切にはするけど、メイを愛してやることはできない。俺はしょーちゃん一筋だから。それでも許してくれないか? リァンがどうしてもって聞かなくてね」
「リァンさまのご希望、ですか? 陛下が望まれたわけじゃないの? じゃぁ、僕は陛下のお側にこのままいてもいいの?」
陛下が目を丸くする。あ! 声に出てた! 恥ずかしい! 頬に熱が集まって目がちりちりする。
「しょーちゃん? 何を言ってる?」
「もう、僕のお役目が終わった……か、と」
喉に何かが詰まったかのように、うまく声が出せない。突然涙がせり上がってきて、ポロポロと目の縁からこぼれ落ちるのが見えた。安堵に加えて、自分のことばかり考えていた醜さに、喉が震えてきた。
「メイが、幸せになるのを喜ばなきゃいけないのに……こ、後宮で、陛下とメイがむつみ合うのは、と、とても見ていられない、から、僕はどこかへ、行かなきゃ、と……う、うううっ」
情けないから止めたいのに、嗚咽が漏れでてしまう。
「何を言ってるんだ! どこにもいくな」
膝の上に引き上げられ抱きすくめられる。腕で顔を隠したままコクコクと頷けば腕の力が強くなる。
――僕、陛下のお側にいてもいいんだ。
世界一あったかいこの場所に、いてもいいんだ。
僕を抱きしめたまま、子供をあやすみたいにゆっくり体を揺らしていた陛下が、小さく笑う気配がする。
「では、しょーちゃんは俺とこれからも “むつみ合って”くれるってことだな? 俺にはしょーちゃんしか見えないんだって何回言ったと思ってる」
ぎゅ、とさらに力が込められて息が止まりそうになる。
「僕、だけを見てくださる……のですか?」
「もちろん! ああ嬉しいな! これって嫉妬してくれたことになるのかな? 俺、しょーちゃんに愛されてると思ってもいいか? すまんな、メイを幸せにするのは俺じゃないんだ。もちろん彼女を守っていくことは、しょーちゃんに誓う。環境も安全も最上級のものを準備する。でも、彼女と心を満たし合うのはリァンなんだ!」
「へ?」
「うーん、その反応だと気付いてなかったか? あの二人恋人同士なんだぞ」
どうりで! やけに仲が良いと思った! でも女子って距離感近いんだな、くらいしか思わなかったよ!
勘違いで陛下に放ってしまった言葉がはずかしくてさらに頬に血が上る。
「しょーちゃんは結構にぶいよね。はっきり言わないと分かってもらえないな」
陛下が僕の頬に残る涙を親指でぬぐい取ってそっと口に含んだ。
「しょーちゃん。俺の気持ちを聞いて欲しい。俺は、君が好きなんだ。これが一目惚ってやつだろうか。仕事とか業務だとか言って連れ込んだり触ったのは卑怯だった。あの時は、とにかく見ていたかったし触りたかったんだ。順序が逆だけど、今更かも知れないけど……俺をしょーちゃんの恋人にしてくれないか?」
僕を見つめる陛下が眩しくて目をそらしたくなったけど、あまりに真剣な眼差しにぐっとこらえて視線を返す。
「恋人なんて……そんな大それたこと……」
鼻の奥がツンとして上手く声が出ない。心臓が跳ねすぎて口から飛び出してしまいそう。
「これは命令じゃないよ。でも、俺のことが嫌いじゃないんなら、試しにでもいい。俺の恋人になってくれないか?」
その瞬間僕の涙腺はまた決壊して、次々と滴を作ってはあふれさせた。瞬きするけど止まらない。声が出せなくてただ頷けば、陛下の唇が目元をついばむ。ちょっとずつ涙の跡をチュ、チュ、と口づけすくい取っていく。
「ありがとう、しょーちゃん。しょーちゃんに幸せって思ってもらえるように頑張るからな! ふふ、よろしくな!」
「へ、陛下……ぼ、僕はもう、幸せなんです。メイのことだって、仕事のことだって陛下のおかげで最高に幸せです。……僕だって、陛下のことお慕いしてるんです。お側にいられるだけで幸せなのに! 幸せすぎて、こ、怖いです」
「じゃあ、両思いって思ってもいいか! 嬉しいな! それなら……これからは恋人としてもっと、いろいろ進めても良いか?」
「んんっ?!」
ポカンと開いていた僕の口が突然覆われる。熱を持ったぬるりとしたものが入ってきて僕の舌を包む。固まって縮こまった舌を優しくなでられて体から力が抜けてしまう。鼻が詰まってて苦しくなるとたまに息継ぎさせてくれるけど、またすぐ塞がれるからクラクラと目眩する。
繰り返される優しくて深い口づけに、嬉しくて愛しくてまた涙がこぼれるから、陛下の頬もべとべとにしてしまった。
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