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第14話 陛下怒る

ソィエさんの後ろに将軍が立ち塞がる。 見上げるほどの巨漢、衣から垣間見える隆々の筋肉。秀でた頬は日に焼け、そこかしこに走る傷痕。僕の何倍もありそうな体躯と獰猛なまなざしに腰の力が抜ける。 「私の父上は将軍なのよ。家柄だってふさわしいし、陛下のために最高の後ろ盾になれるわ。わかる? あんたみたいなどこの馬の骨とも知れない奴とは訳が違うのよ!」 ――だ、だから僕にどうしろと? これは将軍さまの差し金なの? 「ショウ、あんた、陛下に私を娶るように口添えなさい。後宮を出て自由に暮らせる手配はしてあげるわ」 「ぼ、僕にはそんな力、微塵もありませんよ。陛下はリァンさまとメイの他はもう妃を娶るつもりはないと常々おっしゃってます」 勇気を出して諭すように訴える。だって、どんなに頑張ってお近づきになったとしても、陛下は彼女を愛することはないのだから。 と、それまで静かに耳を傾けていた将軍がソィエさんの手を僕の襟からそっと外す。 「ソィエ、お前は何を言っている? この宦官は元大臣の息子だ。大臣は前帝に冤罪で粛清されてしまったがな。陛下も宦官長もご存じだ」 ソィエさんが目を見開いて僕を凝視したままつぶやく。 「でもお父様。リァンさまもメイも陛下と愛し合っているとは思えないのです。リァンさまなんてまるで友人のよう。メイなんてリァンさまのえこ贔屓で引き立てられただけよ! 二人ともまともに夜伽を務めてるとは到底思えないの! 陛下は近頃、この子供みたいな宦官ばかりお側において……これではいつまでもお世継ぎも望めるわけない。私なら陛下のことを愛して尽くして差し上げるのに!」 ――わ、ちょっとバレてる? さすがリァンさま付きの侍女。 っていうか、さっきから外が騒がしい? なんか、変な音が鳴り響いてるんだけど…… バァァァーン……  将軍の後ろの扉が吹っ飛び、すごい形相の陛下と図書資料室長がそこに立っていた。 「しょーちゃん! 無事か?! ……将軍?」 僕の無事を確かめて一瞬眉を開いた陛下は将軍の存在にまた顔をこわばらせる。 「将軍! 俺の宦官に何の用が?」 地を這うような低い声で警戒感をぶつける。こんな陛下初めて。と、同時に二人の脇をすり抜けてソィエと僕の間に体を割り込ませる。 「陛下っ……」 ソィエさんの呼びかけにも振り返らず、僕の手を取り囲い込む。 「怪我なんかしてないか? お前は隙がありすぎだ! 後宮を出たのに、図書室にはいないくてどれだけ肝を冷やしたか! こんなことでは……もう外に出さないぞ!」 陛下の怒気に身をすくめる。 「も、申し訳ありません。本当に話をしてただけなんです。どこも、なんともありませんから」 震えがはしる僕の背中を大きな掌が抱き寄せる。 その瞬間、 キュイィィイィーーーーイィィン、プツッ 鋭い音が耳を刺して、パタリと静かになった。一同が目を丸くして音の発生源を見る。それは陛下の手の中。 「ああ、うるさくて済まない。受信機と近づけ過ぎたかな? ついに電池がなくなったな。危なかった。どうにか持った……ふぅ」 「でん、ち?」 陛下は手にしていた巨大魚の骨のような枝分かれした棒をちょっと掲げる。 「ああ、発信器もアンテナも古い型しかなくてね。感度が悪くて特定に時間がかかった」 おもむろに僕の腕輪を手に取ると繊細な刺繍の外装を外した。後宮から出るときには必ず着けるようにと陛下から贈られたものだ。そこには細長く黒い箱のようなものが仕込まれていて、針で開けたような穴が赤く点滅していたが、見ているとスッと消えてそれきり発光しなくなった。 「こいつのお陰で、しょーちゃんのいる場所が分かったんだ。間に合って良かった。早急に電池を国内で製造できるようにしないとな。この国は、本当にすることが山積みだ」 ため息もらした陛下は不思議な装置を図書資料室長に預けると、改めて将軍に向き合った。 「それで将軍、ショウに何用なのだ」 将軍はその大きな肩をすくめて首をかしげるとソィエさんに視線をおくる。ソィエさんは陛下が僕を抱き込んでいるのを表情をなくした顔で見ていた。 「陛下。娘が大変失礼をした。ショウに話があっただけのようだ。害するつもりはなかった。お許し頂けるなら、本日で退職させ家に戻したい。当分は蟄居させることを誓う」 「本当に何もなかったな?」 僕の顔や首元、腕などを手で確かめながら問い詰められる。 「お話だけですよ!ほらなんともありませんよ」 急いで腕をまくったり、襟元を広げて見せたりしてみる。だって本当に襟首掴まれたくらいだから。ソィエさん、悪い人じゃないと思うから。ひどいことにはしないで…… そんな事を目で訴えながら陛下を見返せば、将軍を振り返り 「娘の退職を許す。すぐにでも退去し二度と登庁することのないように。侍女長に話を通しておく」 「はっ、ありがとうございます。ショウ、迷惑をかけた。申し訳ない。詫びはまた」 取りなそうとする隙も与えず、将軍は大きな体を深く折り、ソィエさんの腕をつかむと退室していった。 陛下は最後までソィエさんを見ることはなかった。 ソィエさん、あの人は本当に陛下とこの国のことを思っていたんだろうな。我欲が入っていたとしても、全部陛下を慕ってのこと。お側にいるのがこんな中途半端な自分だということがちょっと切なく申し訳なくなって、彼らが出て行った扉を見ていると、陛下の不機嫌な声。 「しょーちゃん。君はこれからお仕置きだ。しばらく後宮から出さないからな! 図書資料室長! ショウの仕事はしばらく保留だ」 言い捨てると陛下が僕を肩に担ぐ。 暴れるわけにもいかないし、おとなしく運ばれる。 大股で風を切るように歩く陛下と肩に担がれた僕。官吏や警備の軍人さんが目を見張ってたけど、陛下が放つ不穏な空気にだれもが見なかったふりをしていたよ。

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