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エピローグ(下)

不思議な感触、そして温かい。 衣の下の丸みを帯びた腹は、表面は柔らかいのにその下に風船のように張りつめたものを感じさせる。 メイがリァンさまの背中に手を回し柔らかそうな肩掛けをふわりと巻く。朝夕は風も冷たくなってきた。妊婦に冷えは大敵なのだ。メイの手がリァンさまのお腹を温めるかのようにそっとさする。 「あ、来た。今よ、しょーちゃん! ほらここ!」 リァンさまが僕の手を取りギュッと自分の腹にあてる。そんな強く当てて大丈夫なのかと手を引こうとした瞬間、その掌をぐにゅーと押すものがある。 「わぁ! 押してきましたよ! と、とんがってるーーー!」 「メイにはいつもなでてもらってるの。しょーちゃんにもあやかって、かわいらしい子になりますように!」 「なんで僕ですか? 陛下とリァンさまならどちらに似ても絶対に美人ですよ」 「えー陛下に似たら……変態? 変態が増えても困るわー」 「ひどいなーリァンは~! しょーちゃんこっちこっち。俺の腹も触って!」 「何で触るんですか? 何も入ってませんよね……」 おそるおそる陛下の腹も触れば、ごつごつと硬く引き締まった腹筋が。 「腹筋割れてるぞ!」 「知ってますよ、そんなこと毎日み」 ――毎日見てますから、って…… リァンさまのお顔を伺い見れば、視線が生ぬるい。 「イチャつきのネタを与えちゃったわ~うふふふ。陛下にはバッチリ似る気がするの。私の要素が残るか心配なくらいよ!」 ――小さな陛下! きっと聡明で可愛いだろうな! 想像するだけでもだえそうになって、つい陛下の顔を凝視してしまう。 「もう頭脳明晰、文武両道のイケメン間違なしですね!」 「嬉しいこと言ってくれるね。でも俺はしょーちゃんに似て欲しいな!」 「「似るわけないですよ!!」」 リァンさまと声がかぶる。 そこでふと、リァンさまがニヤリとよこしまな笑顔を浮かべる。 「でもね、メイがもし子供を産んだらね、しょーちゃんに似るかも知れないわね……」 さりげない風を装ってひそりとつぶやく。 「!!!」 ビクリと変な動きをした陛下が目を見開いている。 なんか嫌な予感。 「あの、メイは父似ですし僕は母似だからあんまり似てない兄妹ですよ」 と語りかけるもお耳には届いていない模様。 「その手があったか!」 陛下は長椅子に腰掛けるメイの前にいそいそと膝をつく。 「メイは、いつか子供を産んでみたいとは思わないか?」 「子供は産んでみたいですね。今はリァンさまの赤ちゃんをしっかりお育てしたいと思っていますが……」 「まだ16歳だし、いずれだな。その時はぜひ、俺の子種でおねがいしたい」 「もちろんです。リァンさまともそんなことをお話ししていたんです」 両手でガッツポーズをとるとそのまま僕を抱え上げる陛下。 「楽しみだなぁ、しょーちゃん!」 「楽しみですけど、僕は関係ないですってば~」 陛下が僕を抱えたままくるくるとまわる。 「おろしてください~~」 「陛下ったら思った通りの反応! アハハハハハハ! お腹くるし……あはは」 「リァンさま、笑いすぎるとお腹に響くのでは……」 ――目が、目が回る…… まわる視界の中に笑い転げるリァンさまとあたふたするメイが見える。 その視線を遮るように陛下のお顔。 「俺はしょーちゃんだけでも幸せだよ。でもこんなのもいいね」 くるくる回る酩酊感のなかで合わされた唇は、ふわふわしてことさら甘い気がした。 あれから10年。この国から皇帝はいなくなった。 もちろんジアンさまは僕の隣にいらっしゃる。ただ、皇帝という制度がなくなったんだ。 国民が代表を選ぶ選挙制度を導入したけれど、結局ジアンさまが圧勝、今でもこの国の首長を務めている。もっと自分の国のことを自分たちで考えて欲しい、とは言ったものの現状が安定しているせいか気運はなかなか高まらず、まだまだジアンさまの理想にはほど遠くて改革も道半ばみたい。ジアンさまのご苦労はまだまだ続きそう。 僕は図書資料室の仕事を続けて、今は国立図書館の設立準備を進める任についている。ジアンさまの海外視察なんかに合わせて僕も海外出張に出たりもしている。というか、実はジアンさまと同じ場所、同じ時でないと出張は許されていないんだけどね。リァンさまとメイも合わせて出張や視察を入れることも多くて、まとめて警備してもらっている。 元の将軍が顧問についてる会社が警備担当なんだけど、最高の人材を過分につけて下さっている。あのいかつい元将軍は防衛相に就任して直接は警備できないからってことみたい。ちなみに娘のソィエさんは司令官と結婚して幸せにしてるみたいでほっとしたよ。 リァンさまは後宮跡に設立した国立病院の運営に加わっている。チームごとに研究や開発、地方での医療の拡充なんか進めているそう。忙しすぎて倒れそうなときもあったけど、二人目の出産を機にちょっとゆるやかな関わり方にしたみたいだ。 メイはお忙しいリァンさまの子育てをお手伝いするうちに保育に興味を持ってね、子供を通じて知り合った人たちと保育所の運営を始めて広めてるんだ。メイ自身も二人の子供のお母さんになって、仕事とのかねあいで悩むことも多いみたいだよ。 ジアンさまがそんなに頑張らなくていいぞ、なんて言ってリァンさまに怒られてた。そんなジアンさまだけど、少しでも余計な雑務が少なくなるようにって最新家電や便利器具をいつのまにか手配して下さってる。なんたって元の侍女長さん、侍従長さんに住み込みで面倒を見ていただいてるから本当に楽をさせてもらってる。 そう、リァンさまとメイはあれから、二人ずつお子さまに恵まれたんだよ。ジアンさまは望むなら邸宅を用意するから別居してもよいとおっしゃったけど、今のかたちに誰も不満がなくて、おおらかに家族みたいに一緒に暮らしている。 僕とメイはジアンさまの養子になっていて、リァンさまは妻のまま。制度の改正が進まない、と陛下は憤っておられるけど、正直僕は書類上のことには興味がないんだよね。 だって、僕に惜しみない愛をそそいで、何不自由なく、何の憂いもなく過ごさせて下さっているジアンさまが側にいてくれて。ますます仲良しで、深い愛情で結ばれてるリァンさまとメイも見ていられるんだ。 子供たちは生まれたときからこの環境だからか疑問も感じずのびのびと育ってる。ジアン父さま、リァン母さま、メイ母さまに加えての僕は、子供たちにまでしょーちゃんって呼ばれてる。お兄ちゃんみたいな存在なのかな。もうおじさんなんだけどね。親には言えないようなことも教えてくれたりして本当に可愛いんだ。 確かに世のなかでいう普通の家族とはかけ離れてはいる。けれど、このゆるやかだけど温かい家族が僕の幸せな世界の土台になっている。宦官にされた時、実家も断絶離散してしまって、もう家族は縁のないものと夢に思い描くことさえなかった僕。 自分に価値も愛着も見いだせなかった日々に、自分の未来を夢見ることもやめてしまっていた僕。 そんな僕をすくい上げて下さったジアンさま。世界がこんなに色づいてあたたかいものになったのはジアンさまのおかげ。ジアンさまは僕の幸せな世界そのもの。 どうしたら良いかはまだまだ手探りなんだけど…… 僕は全身全霊この身をかけて、ジアンさま、あなたを幸せにしていきたい。 了 ここまで読んで下さってありがとうございました! あと2話後日談を更新して完全に終了になります。 本来は本編に入れ込みたかった変態味補完話なので… もう少しお付き合い下さいましたら嬉しいです( ´ー`)

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