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後日談 家族の裏側
「お兄さま! 新作のモニターおねがいします!」
道具箱を抱えたメイが、木陰のハンモックで本を読んでいたショウに声を掛ける。
「今度はなに? リァンさまにはもうしてさしあげたの?」
「ええもちろん! もう子供たちもジアンさまも体験済です。あとはお兄さまだけなの。今日は爪と手のマッサージオイルなんです」
「爪……? 僕には必要ない気がするけど」
ショウは苦笑しながらも本にしおりを挟んで、ハンモックの上に起き上がる。
リァンがエイジングケアの研究を始めた。声をかけたのは俺だ。
宦官として去勢された者は早くに老けやすいし太りやすくなると聞いている。
最終的にショウのケアをするという約束で開発費は好きなだけ使えるようにしてある。輸入事業で個人的に稼いだ俺の金だから何に使っても問題はない。リァンが開発した製品のモニターをするという体でショウのお手入れをしているのだ。
「足も下ろしてくださいね。さ、血行を良くするために足湯しておきましょう」
メイは小さな椅子に腰掛けテキパキと素足にすると、たらいに張ったお湯にショウの足を浸す。ちょっと熱いのか一瞬顔をしかめてから「ふぁ~~きもちいい~」と眉を開く。
「お兄さまは柑橘系の香りがお好きでしたね。今日は生の香草も入れてみたんです」
お湯に小瓶から香油のようなものを垂らすとぱしゃぱしゃと軽くかき回す。とたんに清涼感と甘さのある香りが立ちのぼり鼻をくすぐる。一生懸命吸い込もうとする姿が愛らしい。
「ああ良い香り! 癒やしのお店みたいだね? 僕にするのもったいなくない?」
――もったいない訳ないだろう。お前のために店を出せる位の腕前になったぞメイは。
もじもじとハンモックの上で尻の座りを直している。
温まってきたのだろう、頬が上気してきた。
「やってもらえ! 俺もしてもらって気持ちよかったぞ。しょーちゃんは本を触るから指がカサカサになるだろう」
そう言ってやれば、ちょっと困ったような顔をしながらもメイに向き直る。
――モニターも何もお前のが本番だ。じっくりやってもらえ。
シャツの袖を二の腕までまくり、肘の下に大きなクッションをおかれて、準備完了。日焼けの無い白い肌が眩しい。着せるものは長袖と決めている。外の人間にショウの肌を晒すような愚かな真似はしない。
そう、これが本番である。研究開発した商品を市場に出す直前に、家族全員で試し、刺激がないか、施術後の肌の色艶、気持ちよさなどを散々モニターした後である。
ショウの爪を整えてからガラス製のヤスリを掛ける。爪の甘皮などを丁寧に処理し、たっぷりと特製のマッサージオイルを肌に落とす。俺もやってやりたいが、これはリァンの開発したもので施術はメイがする約束なので我慢することにする。
肘までオイルを伸ばし、全体にマッサージをした後、ツボを刺激しながら丁寧に指先まで揉み込んでいく。
「うぅ……うっ」
「ちょっと強い? 痛いかしら?」
「ん、う、気持ちいいよ。痛キモ……うっ」
たいして強く揉んではいないようだが、ショウは刺激に弱いのだ。
たまにピクリ、ピクリと跳ね上がる薄い肩と、声が漏れるのに合わせてむにむにと動く唇を楽しむ。にやけずにはおられない。パラソルの下から見守るリァンと目が合い、あいつも口の端を上げる。
マッサージと足湯でさらに体が温まってきたのか、桃色に上気したショウの頬と鼻頭にうっすらと汗が浮かぶ。
「動いたわけでもないのにあったまるだろう。お前は冷え性だからたまにやってもらうといいな」
と、さりげなく隣に座る。ハンモックがたわみショウがバランスを崩し倒れ込んでくる。
「わ、わっ。済みませんジアンさま!」
わたわたと焦る彼を片腕で支えてやり、見上げてくる顔を用意してあったガーゼでぽんぽんと押さえてやる。拭ってはダメだ、すりむいたらいけないからな。ああ、この角度堪まらんな。最高にかわいい角度だ。
汗をかいて頭からほかほかと湯気がたちそうだ。
洗髪料やオイルの香りの中にふっと彼の匂いを感じて、たまらず鼻先を頭髪の中に擦り入れる。
「うわっ! 離れて下さい~汗臭いです!」
と頭を引こうとするが、足も手も拘束されているようなものだから動くことができない。
――だ か ら だ よ! と声には出さないが、片腕で抱き込んで大きく吸い込む。
堪能するあまり半ば恍惚としていると、リァンの苦笑いが目に入る。
いよいよシャツにもじっとりと汗が浮いてきた頃合いに、ルェがやってくる。
長女のルェはもうすぐ10歳になるが、俺に似て聡明だ。顔立ちもよく似て美人になる未来しか見えない。見る目も確かでショウのことが大好きだ。
「しょーちゃん、レモネード飲む? 母さまと作ったの!」
絶妙なタイミング、コレも計画通りである。ルェにウィンクするとこっそり親指を立ててかえしてくる。
「わぁ、ありがとう! 嬉しいけど、ルーちゃんは飲んだの?」
「ほら、みんなの分もあるから大丈夫だよ!」
少し離れたガーデンテーブルに置かれたカラフェと人数分のグラスを指し示してから、ストローをさしたレモネードをショウに差し出す。
「あ、ありがとうね!え、持っててくれるの」
済まなそうにしながらも喉が渇いていたのか、ストローを咥えて飲み始める。
「んくっ、んくっんくっ」
もちろん、声を発するものは一人としていない。ストローを咥える瑞々しい唇と、コクリコクリとなまめかしく動く白い喉元に釘付けだ。
「ん、ぷはっ。はぁ~美味しかったぁ。ありがとう! あっジアンさまより先にいただいちゃった!」
ショウがルェに礼を言った後、視線を上げてきたので、何事もなかったかのように口元を拭いてやる。
「俺はもう飲んだから安心しろ」
ーー味見しておくに決まってるだろう。変なものは飲ませられないからな。
「レモネードすっごく美味しいよ。メイも休んで飲んできたら?」
「私もさっきお味見させてもらったの。終わったらおやつと頂くわ」
空になったグラスを持つルェと目が合ったので、ダブルで親指を立てて褒め称える視線を送る。
さすが我が娘。良い仕事をする。
「さて、次は足に移りますね。ここに足を乗せて下さいね」
柔らかそうなタオルを敷いたオットマンをショウの足下に持ってくる。
足が高くなることでハンモックに座る姿勢が不安定になる。
「よし、俺に寄っかかれ」
ショウの体をまたいで後ろから抱きすくめるように座る。
「わっ、子供じゃないんですから! は、恥ずかしいですよ!」
「でもしょーちゃん今、手が使えないだろう」
マッサージの終わった肘から先は、それぞれの部位に合わせて美容成分を塗りたくってパック中である。蒸しタオルと乾いたタオルで両手を合わせてぐるぐる巻きにされている。
「ひっくり返ったら大変だ」
腕を乗せているクッションごと抱き込み俺の足の間に落ち着かせる。観念したのかそっと背中を預けてくる。庇護欲で胸がはち切れそうだ。口の中が甘酸っぱい気すらしてきて湧いた唾をゴクリと飲み込む。つい強く抱き締めてしまうが、肋骨を折りかねないと気付き腕を弛める。
――メイ、やるな。
視線を送ればショウの手前にっこりと無邪気な笑顔で答える。口の端が不自然に上がっているので、後でなにか要求してくるはずだ。必要経費だから何でも請求するが良いと目で答えて頷いてやる。
ショウのつむじが目の前にあり、思わずジョリジョリと顎でなで、鼻先を押しつける。ヘッドスパに使うオイルの香りと彼自身の匂い。このアングル、柔らかそうな耳たぶの裏、首筋から鎖骨への少し筋張った流れ、胸の頂きが襟の袷から見えそうで見えないのもいい。長かった艶々の黒髪を切りたいと言われたときは泣きそうになったが、汗ばむ薫香がうなじの短髪から匂い立つの感じれば後悔はない。
眺めを堪能し、肩甲骨や背骨を胸筋で感じつつ、ショウの匂いを胸いっぱいに吸い込む。昇天しそうだ。
「や、やめてください! 頭臭いかもっ、んんっーー!」
振り向きざまにビクリと肩をふるわせのけぞる。ぎゅっと結んだ唇がはじけそうだ。
倒れそうになるショウをしっかりと抱きすくめる。
「痛っ、そこ痛い! あっ、いったたたたーーー!」
もじもじと腰をうごめかすが妹の邪魔になってはいけないと懸命に我慢している。
俺の体にぎゅうぎゅうとすり寄ってる自覚はない。
――グッジョーーブ!!!!! マーーーーベラス!!!!!
メイ! 素晴らしいな!! 今度、温泉旅行プレゼントするからな! 露天風呂つき最高級スイートにしよう。カニでもマグロでも伝説のワギューでも、何でも好きなだけ食べるがいい! ああ~金持ちで良かった~~稼いだ甲斐があるというものだ。
ああ、夜が楽しみだ。艶の増した手足はさぞかし触り心地が良いに違いない。舌触りも最高だろう……ああ、咬み痕つけたら怒られちゃうよね。見えないとこなら良いよな!
おっと、ついつい存在を主張し始めちゃったけどショウに気付かれたら追い払われそうだからね。彼の背中との間にあるものを頑張って鎮める。鎮まれ俺。性能が良すぎるのも悩みものだな……待て、夜まで待つんだ俺。
「フフフ……フフフフ」
ついつい口から漏れる笑いにリァンやメイもつられて笑い出す。
「うふふ、ふふふふ……」
「くっふふふ」
子供たちにも何となく伝染してゆく。
「えへへへ……」
「あっははははは」
ショウは何事かときょろきょろするけれど、皆を見てつられて笑い出す。
「ハハ、ハハハ……」
訳が分からないなりに楽しそうだ。
俺の腕の中で桃色のほっぺたで笑うお前。
俺は、今日も最高に幸せだ。
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