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 警察が扱う事件・事故には、しばしば不可思議な事件が混じっている。  『高速道路で、すさまじい速度で走る老女に追い抜かれた』とか。  『廃墟に侵入した若者が、薬物も酒も検知されなかったのに全員で同じ幻覚を見た』とか。  『忽然と消えた子供が、何年も経って山の中や神社にひょっこり現れた』とか。  云々。    勘違いや記憶違い、偶然で済ますことのできない不可思議で奇妙な事件。それらは、日々起こる“常識的“な事件の中に、一定の割合で紛れ込んでくる。  いつしかそれは、警察組織の中でも無視できない存在となる。異常を異常のまま放置しては、一般市民に混乱を招きかねない。 だから、調査と、解明と、隠蔽が必要だった。 怪異現象を調査し、原因を解明する。 起承転結の辻褄を合わせ、一般常識にすり合わせて、落とし込む。 善良なる市民の心の平穏のためには、必要不可欠な措置だった。  そのような”特殊な”事件を調査するために、それを専門とする部隊が警察内部に組織される。彼らは、警察内部の一部の人間しか知らない、非公式な組織である。  彼らは、常識外の事件が起きると、一般の捜査員に混じって調査に赴く。ほかの面々が聞き込みや地取り捜査を進めている間、彼らは事件に混ざりこんだ怪異現象について調査を進める。  彼らは、得た情報を精査する。得られた成果は、時には捜査の役に立て、時に闇に葬る。この組織の目的は、怪異現象の解明にあるのではなく、あくまで“世間的な常識に反する事件を、常識の範疇内に落とし込む”ことにあるのだから。  “特殊捜査支援班“。それが、この地方都市を預かる警察組織における、怪異調査を行う専門部隊である。 -  語られた話を前に、俺はただ前原の顔を見つめて黙るしかなかった。  何というか、現実感のないふわふわした話、という感想が一番最初に脳裏に浮かんだ。本当にそんなことが現実にあるのか? と疑っているのが正直なところである。 しかし、前原の語り口は嘘を言っているように思えない。そもそも、こんなに作りこんだほら話を、今、このタイミングでする意味が分からない。  前原を信じるなら、今の話は真実だ。俺が知らないだけで、この世には幽霊だの心霊現象だのが存在して、それに対処する警察内部の専門組織がある。誰にも知られず、存在そのものが隠蔽された組織が。 いや、やっぱりすぐには信じられない。目の前に差し出された話が壮大すぎて、すぐには飲み込めそうになかった。  眉間を押さえて考え込んだ俺を尻目に、前原はゆっくり立ち上がった。前原は数年前から腰を悪くしているから、立ち上がる動作はいつも慎重だ。 「よっ……と。さて、出かけるぞ、吉野巡査部長」 「えっ、あ、待ってください」  さっさと歩き始めた前原を慌てて追いかける。前原は浦賀に何事か声をかけ、吉野を見た。 「言葉で言ったところで、サッパリだろ。だから実物を見せよう。もう一人の重要メンバーの紹介がてら、な」 「ほかにも捜査員がいるんですか」 「いや、捜査員じゃない」  さっきくぐったばかりの扉を、前原を追ってもう一度くぐる。先を行く前原に小走りで追いついて、横に並んだ。  前原はどことなく茫洋とした声で言う。廊下が暗いせいか、表情がよく見えない。 「俺も、お前も、幽霊なんて見えねえだろ」  頷く。生まれてこの方、幽霊なんか見たことがない。 「だから、見えるやつを連れてきて、捜査に加えるのさ。それが、支援班のもう一人のメンバーだ」  薄暗いの正面玄関を抜ける。五月のうららかな光を背負った前原が振り向き、浮かべていた表情がよく見えた。  昔から変わらない、俺の頭を撫で、可愛がってくれた時と同じ、くしゃっとした笑いを浮かべていた。 「お前には、そいつと組んで捜査にあたってもらう」

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