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 翌日は朝から捜査会議が催された  俺と前原も出席が義務付けられているが、正式な捜査員ではないため、目立たないよう隅にひっそり着席する。周囲の捜査員は、昨日から捜査に加わった俺たちのことを知っているのか否か、誰にも声を掛けられないまま捜査会議は開始した。  順番に各班の捜査状況が発表されていく。新たに分かったこと、いまだ調査中なこと、そして新たに捜査すべきこと。  昨日、桂木との聞き込みで判明した巳縄沼(みじょうぬま)の件がしれっと報告されたが、「匿名情報からです」と前置きされていた。前原に目をやると肩をすくめられた。  そのほか、昨日のうちに得られた情報は以下のようなものだった。  高里家の父親、正雄(まさお)は役人で、しょっちゅう家を空ける忙しい人物だった。  母親である京子(きょうこ)は、娘に続いて息子が大学生になったことで暇が増え、その時間を近所の住人との交流や稽古事に充てていた。  姉の美春(みはる)は大学院生で、最近は家にはあまり寄り付かなかったという。京子はその理由を、近所の人間に「学業が忙しいから」と説明していたが、美春の友人から得た情報では、別の理由があったらしい。それは複数の異性との交際だった。  父親が厳格で、家にいるのが息苦しい、と友人に漏らしていた美春は、最近は学校や友人宅だけでなく、関係をもっていた複数人の男性のもとに泊まっていたのだという。  今日からしばらく、美春の交際関係の洗い出しに捜査の主力が充てられるらしい。美春が交際のあった男性のもとにかくまわれているという可能性を考えての割り振りだった。  そのほか、家族に関する証言には、あまりめぼしいと思われるものはなかった。  正雄の同僚は家族のことを少しも聞いたことがないという。  秋保の友人関係は希薄で、話を聞けた同じ学部の生徒は、秋保が自分自身の話をしているところは見たこともないらしい。  近所の住人や京子の知り合いは、京子から聞かされた家族像以外のことは知らなかった。語られる内容は、“役人勤めの夫”のことや、“有名大学に進学した息子”の話を中心にした、井戸端会議を巧妙に装った自慢話だった。この証言を丸ごと信じる人間は、高里家の近所にいたとしてもこの会議室には存在しないだろう。  唯一注目すべきものといえば、近隣住民が証言した、事件前日の美春の目撃談である。一家で車に乗り込み、どこかへ出かけていたという証言だが、唯一行先を知っている秋保は証言が困難な状況にあるため、まだその行先は明らかになっていないらしい。  高里家は時折、一家そろって外食することもあったようだから、家族そろって車で外出すること自体は珍しくない。今のところその車での外出が、美春の最後の目撃証言である。行先を明らかにすることは、美春の行方を捜索するうえで必須だ。  何軒か高里家御用達のレストランに聞き込みをかけているものの、その日に来店したという情報はまだ得られていない。  また、秋保が襲われたという見知らぬ女性に関しても、近隣に聞き込みをしているが、捜査の進みは遅い。何せ、女性の外見も特徴もほとんどわからないのである。現時点ではあの日あの時間、不審者情報が寄せられたという報告はない。  以上の調査内容から見ると、高里家は家族仲が悪かった可能性が捨てきれない。  家族の不和が原因で美春が両親を殺害し、弟を襲って逃亡した可能性もある。しかし現時点では決めつけることはできない。  引き続き犯人と思しき女性の目撃証言の収集しつつ、美春が犯人の可能性、そして秋保が両親を殺害し、姉を拉致した可能性も考慮し、捜査を進めていく方針となった。 (捜査会議って、こんな感じで進むんだな)  支援班とは別のところで、ごくごく一般的な捜査が粛々と行われている。会議を終え、動き出した捜査員たちを眺めながら、そんな当たり前のことを考えた。  昨日のまるで現実感のない秋保との邂逅を思い出す。同じ事件を調査しているのに、彼らと俺達が見ているものはまるで違う。  会議室の後ろで立ち尽くす俺と流れるように動く捜査員たちでは、その間に大きな川でも流れているかのように、大きな隔たりを感じた。 「おい、どうした。ぼーっとして」  後ろから呼び止められた。ハッと我に返って振り向く。前原が怪訝そうな顔で立っていた。 「すみません、考え事していて。なんでしょうか」 「今日の調査だけどな、このあと先生と例の沼の調査に行ってこい。あっちにはもう話がついている」  だしぬけにそう前原に指示されて驚いた。いつの間に桂木と話を進めたのだろう。  昨日の桂木とのちょっとしたいさかいは、前原に話していない。が、この口ぶりでは、すでに桂木と俺がうまくいっていないことを知っているのだろう。  前原が訳知り顔で俺の肩に手を回す。背の低い前原に合わせて自然とかがむ形になり、そうやって低くなった俺の耳に、前原が耳打ちした。 「あの自由っぷりもまあ大概だが、そこは、お前がもっと手綱を取ってやらねえと駄目だろ」 「……はい。すみません」  向こうはベテランで、しかも年上で、こちらは配属初日のペーペーだ。とはいっても、捜査の主体は警察側が握らなければならない。桂木が非協力的であるとか、言い訳はたくさんあるが、昨日の己の仕事っぷりが情けなさすぎるのは否定できない。  しょげた俺の肩を、前原が分厚い掌でぽん、と叩く。 「まだ捜査が始まって一日しか経ってねえんだ。まだこれからだよ」  頑張れよ、とその掌の温かさに励まされ、顔を上げた。  そう、まだ捜査は始まったばかりだ。まだこれから十分巻き返せる。前原の期待に応えるためにも、今日の捜査も気を引き締めてとりかからねばならない。  今日は、桂木にはぐらかされても邪険にされても、食らいついていこう。そう心に決め、俺は前原に向かって頷いた。 -

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