11 / 120

11

 家につくまでの間、桂木は高里家それぞれの人物情報を読み込んだり、家の間取りをじっくりと見たりと、ひたすら資料をめくっていた。  当然だが、俺には話しかけない。 「……桂木さんは、現場に行って何を見たいんですか?」 「何を、とは」 「どういう情報が欲しくて、沼の次に高里一家の家に行こうと思ったのかな、と思いまして」  桂木がこちらに情報を開示しない以上、俺から桂木に教えてくれるよう頼むしかない。俺は、桂木にとっての都合のいいだけの、捜査本部や関係者から情報を引き出すためのツールでいる気はない。 「たいしたことではないです。根拠のない話なので、」  根拠のない話なのはとっくに承知だ。なにせ証明しようというのが、事件に対する幽霊の関与なのだから。  俺は身を乗り出したて訴えかけたいのをこらえて冷静にハンドルを握り、声音だけは真摯に桂木に語り掛ける。 「お願いします。教えてください。教えてもらったほうが、俺もスムーズにフォローできますし、」 「必要ありません。吉野さんは、関係者との繋ぎをしてくれればそれで大丈夫です」 「前原さんと組んでいた時は、そうじゃなかったですよね?」  前原の名前を出すと、気まずいのか桂木は少し黙る。  桂木は前原を信用している。そしてその前原は、桂木が俺とうまく捜査を進めることを願っている。前原が引退するのは決定事項で、桂木もそれをどうにもできない。  桂木に残されている選択肢は、前原以外の誰かとコンビを組みなおすこと、それしかない。そんな仕方のない状況を、自分でもわかっているはずだ。 「まだひよっこの俺で、桂木さんが不満だっていうことはわかります。でも、必ず成長しますから。前原さんみたいに頼りになるパートナーになりますから、」 「……。いいですから、そういうの」  その通り、俺はまだ新人だ。そして誰だって最初は新人なのだ。そこから場数を踏まなければプロにはなれない。  そのように正論で訴えると、桂木が言いよどんだ。とっさに畳みかけるように言葉を紡ぐ。  ほんの少し揺らいだ桂木の懐に、なんとかして入り込みたい。 「桂木さんの考えを教えてほしいと思っています。怪異のことも、ちゃんと知りたいと思っています」 「……」 「沼の神様のことも、ぜひ知りたいです。一度会ったことがあるって言ってましたよね? 誰かと一緒だったとか……」 「―――吉野さん」  桂木に名前を呼ばれた。なんでもない声音だったと思う。別に怒っているわけでも、喜んでいるわけでもない平坦な声。  しかし。  桂木が目元の見えないその顔を俺のほうにひたと向けている。桂木の寄越す視線が、まるで針のように頬に突き刺さる。そして悟った。桂木は俺に対してひどく憤っている。 「事件に関しては、俺が必要と判断すればお教えします。興味本位の質問に答える気はない」  黙っていてください。  恫喝されたわけでもなく、胸倉をつかまれたわけでもないのに、それだけで、喉が引き絞られて、声が出せなかった。 「―――それが不満であれば、異動でもなんでも、お好きに」  そう吐き捨てるように言うと、再び沈黙した。俺は冷静に運転を続けながらも、その実、頭の中は殴られた後のようにじんわり麻痺していた。 (……しまった、調子に乗り過ぎた)  桂木に認めてもらいたかったがゆえに、いきなり深く切り込みすぎた。まだ聞いてはいけない質問だったのかもしれない。距離感を見誤った自分に苛立ちを覚えた。  桂木に拒絶されて少し落ち込んでいる自分がいるのもまた、ひどく腹立たしい。自分は、同僚に嫌われたぐらいで傷つくほどやわじゃないはずなのに。  それにしても、桂木は言葉遣いが柔和なのに、声がひどく冷たい。そのせいか、今のように怒ると妙な威圧感がある。ぎゃあぎゃあ怒鳴り散らす街中のチンピラとは、また違った恐怖を感じる。  この程度でへこたれる気はないが、さすがに、道中もう一度、桂木に声をかけることはできず、車内は無言のまま、目的地へとついた。 -

ともだちにシェアしよう!