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  「暴れている『何か』とはおそらく、羽山に住む山の神ではないかと思います」 「……山の神ですか?」  前回は水神、今回は山の神だ。日本とはこんなに神様の多い国だっただろうか。ああでも、お米一粒に百人の神様がいるんだって母親は言っていたし、結構その辺にごろごろいるものなのかもしれない。  しかし、なぜ暴れているのが山の神と桂木は考えたのだろうか。 「根拠はいくつかあります。まず、高橋さんの夢に出てきたというおじいさんの話からは、山に異物が埋められたことで、何者かが暴れていると……怒っていると捉えることができます。山に手を出されて怒るのは、羽山を大事に思っている者、例えばそこを住処にしている者です。だから例えば、外から侵略者が来て、山から祖霊を追い出したという説は、しっくりこない」 「…………確かに」 「もう一つわかることは、祖霊を追い出すほどの存在とは何か、と考えたときに、そんな存在はそうそういないだろうということです。最初に侵略者説を否定したので、羽山の中にいる者の中で対象を絞り込みます。そうなると祖霊よりもヒエラルキーが上なのは、俺の知る限り山を統べる神しかいません」 「……その辺、俺はわからないんですが……そういうものなんですか?」  桂木はこくりと頷く。 「羽山は特に、そういう信仰が根付いていますから。神を存在たらしめるのは人の信仰です。野辺町にまだ、信仰が息づいている。だから、信仰の通り、山の神が羽山の頂点と考えられるでしょう」 「……例えば、祖霊よりも強く、山の神でもない存在がいたとしたら?」 「それなら、山の神が黙ってないでしょう」  ああ、そうか。と一人納得すると、桂木は「先を続けてもいいか?」と言わんばかりに俺を見る。  どうぞ、と手のひらで指し示すと、桂木は続けてこういった。 「「最後に桃井さんと高橋さんが行ったという『大きな岩』の話です。野辺町の羽山のご神体は、山の中腹にある大きな岩です。高橋さんの言うように、何かを掘り出してほしくてご神体へ向かったということは、そのあたりに何かが埋められているのではないでしょうか」 「山の神の近くに不浄なものが埋められているから、山の神が怒ってしまった、と?」  桂木は再び、こくりと頷いた。  なるほど、山の神が怒ってしまった原因を取り除くために、祖霊は子孫に向けて、山へ行くよう頼んだわけか。 「でも、その目論見通りにはいっていませんね。うまくご神体までたどり着いているのはふたりしかいない」 「同じ子孫といえども、祖霊のメッセージを受けとれるかどうか、資質に個人差があるのだと思います。俗にいう、霊感が強いというやつですね。それに、最もうまくいった高橋さんの場合、彼女は自分のおじいさんを見分けることができた」 「夢に出てくる人物と、まともに話しができていたのは高橋さんだけでしたもんね」  だから、高橋だけが自発的に山へ行ったことを覚えていた。自分の祖父だったからこそ、自ら協力しようと思えたのかもしれない。  結局、彼女も神が怒る元凶のものを掘り出すことができなかったが。 「……何が、埋まっているんでしょうね」  ぼそっと呟いた俺の声は、その瞬間たまたま吹き止んだ風のせいで、思いのほかはっきりと響いた。  桂木は一瞬、唇に添えかけていた手をぴたりと止めた。そして無言のまま、再度唇と顎に指を添える。何かを考えている仕草だ。  実は俺も、一つ考えていることがあった。  この1か月、前原や浦賀、そして桂木から、支援班の果たすべき役割について、何度か教えられてきた。それは、支援班は「原因の解明」を目的とし、事件の「解決」は求めないということだった。  支援班の関わる事件は、怪異がらみの事件である。その事件の中には、犯人や被害者が怪異であることが少なくない。  前回の高里家の事件もそうだったが、犯人が怪異である場合、原則として逮捕は不可能だ。  そして怪異はそもそも “捕まえることができない”。それに、これまで何度も聞いてきたことだが、桂木には幽霊を成仏させたり、いわゆる “除霊”したりという能力はない。  だから、怪異が事件を起こしている場合、我々支援班は、その「原因を解明」することはできるが、犯人の逮捕による事件の「解決」はできないのだ。  支援班が「原因を解明」した後の処理には、支援班が関与することはほとんどない。表立って支援班に伝えられることはないが、前原や桂木が見てきた限り、いくつかの事件は支援班の手を離れたあと、どこからか秘密裏に高名な僧や霊能力者が派遣されてきたらしい。  しかし、すべての事件がそうであるとは限らない。むしろ、そういった積極的な対処をせず、放置することのほうが多いのだという。  例えば、問題のある区画はエリアごと立ち入り禁止にしたり、物品に憑いているものならそれを収容したり。後者に至っては、憑いているものが人でも同じだ。専用の病院に入れてしまったり、地方へ転居させてしまったりするらしい。  では、今回はどうだろうか。  今回は、山に何かが埋められているせいで、山の神が暴れているのだという。  原因はこの時点で明らかになっている。支援班の仕事は、おそらくここで終わりだ。もう少し、裏付けを得るために捜査を続けるかもしれないが、大方このあたりで捜査を切り上げるだろう。  そして、例えばここで支援班の捜査が終わったとして、姿の見えない上層部の人間は、どのような対応をするだろうか。  羽山に埋められた何かを掘り起こしてくれるだろうか。もし、そんなことをせず、羽山が立ち入り禁止になったり、行方不明者を全員入院させるようなことになったら。  ……いや、そんな回りくどいことはいい。外堀から動機を固めていくようなことはよそう。  単純に、俺は考えた。 『掘り起こして解決するなら、掘り起こしてしまえばいい』、と。  このまま上層部に処理を任せれば、いまだ眠り続ける高橋や、怯え続ける桃井、そして今もなお夢に苦しめられる野辺町の人々の処遇はどうなるかわからない。  彼らは現在進行形で苦しめられているし、これまで行方不明者が増大していることを鑑みれば、今後もどんどん増えるだろう。志倉直樹のように、行方不明とは違った方向で被害が拡大する可能性もある。  だがそれも、俺たちの手で“不浄”なものを掘り起こしてしまえば、解決する話だ。  また、神を怒らせてしまった“それ”が何であるかも気になる。その正体も合わせて報告できれば、「原因の解明」を目的とする支援班の行動原理にも反しないのではないか。  問題は、それを目の前にいる桂木がどう思うか、だ。  支援班としての役目を逸脱することを、桂木が簡単に容認するとは思えない。が、埋められたものを掘り起こそうとするならば、桂木の協力は必要不可欠だ。  俺は覚悟を決め、膝をそろえて桂木に体ごと向き直る。 「桂木さん、あの、」俺は大きく息を吸い込んで言った。「俺たちで、その埋められているものを掘り起こしてはどうかと思うんですが」  桂木は何も言わず、ゆっくりとこちらを振り向いた。まるで、「それで?」とでも言っているように首を傾げる。  俺は懸命に言葉を紡いだ。 「その埋められているものを掘り起こさない限り、祖霊は夢を見せるのを止めないと思います。ということは、野辺町でこれからも夢を見る人が増える。解決策があるのに、これ以上被害者が増えるのは見過ごせないです」  桂木は静かにこちらを見ている。桂木がどう思っているかがまるで見えず、言葉ばかりが空回りしているような、焦りに似た気持ちを覚えた。  俺はさらに畳みかけるようにまくしたてる。 「『原因の究明』という視点から見れば、支援班の信条にも、そう対立するわけでもないはずです。原因がわかって、それに野辺町の人への被害も抑えられるなら一石二鳥ですし。昼間に行けば危険も少ないと……」 「わかりました」  桂木の一声に、出かかった言葉も何もかも喉奥へ引っ込んだ。  俺から持ち掛けた話ではあるが、まさか、桂木がこんなにすんなりとOKを出してくれるとは思わなかった。  絶対に反対されると身構えていた分、肩透かしを喰った形となり、俺はぽかんと口を開けて固まった。 「確かに、何が埋まっているのかを明らかにするのも必要かと思います。何かあった時のために浦賀さんに報告して、日のあるうちに向かいましょう」  桂木は、まるでなんでもないことのようにあっさりと、俺の意見に賛成してくれた。  じわじわと遅れてこそばゆい感覚がこみあげてくる。  これは嬉しさだ。  自分の意見に、桂木が同意を示してくれた。その事実が、まるで俺自身が桂木に認められた気がして嬉しかったのだ。  俺は力強く頷くと、すぐさまスマホを取り出して浦賀へコールした。  電話に出た浦賀に、これから山へ行き、原因と思しき“何か”を掘り起こす、という旨を伝えると、案の定反対された。  スマホのスピーカー越しに浦賀が『それは捜査方針的にアウトですよ、危険です』と困り声で訴えている。  とはいえこちらには桂木の同意がある。それを伝えると、浦賀は意外だと言うように「えっ」と声を上げた。 『いや……でも。……や、桂木さんがOKと言っても許可は……あっちょっ、前原さん!?』  浦賀の戸惑った声にかぶるようにガサガサという者音が聞こえたかと思うと、『おう、吉野か』という前原の声がスマホから聞こえてきた。  どうやら浦賀の持っていたスマホを前原が奪い取ったらしい。 『聞いてたぞ。わざわざ事件の元凶を掘り起こしに行くんだって? で、先生はなんて言ってんだ』 「桂木さんも、……賛成だと」  緊張しながらそう伝えると、電話の向こうで、ほう、とかふうん、とかいう前原の声が聞こえた。何かを考え込んでいるような声だ。その真意を図りかねていると、前原は一言、『わかった』と言った。  電話の遠くで、『前原さん!?』という素っ頓狂な浦賀の声がするのにもかまわず、前原はこう告げる。 『吉野、先生と代わってくれるか』  俺は、「前原さんです」と桂木にスマホを差し出した。  桂木は無言でスマホを受け取り、「代わりました。桂木です」と至極冷静に電話に出る。  電話越しの前原の声は当然、俺には聞こえなくなる。何を話しているのか気になったが、桂木は終始無表情で相槌を打っており、内容は伺い知れない。 「……わかりました。では明るいうちに戻ってきます。……はい、何かあれば、よろしくお願いします」  5分かそこら話したところで、桂木が俺にスマホを差し出す。俺はそれを受け取り、再度耳にあてた。前原の声が再び俺に話しかける。 『吉野。先生にも言ったが、明るいうちに戻ってこい。俺たちも待機してるから、何があろうと無かろうと終わったら連絡寄越せ。それから……』  そこまで言うと、前原は不自然に黙り込んだ。電話の向こうで、ためらっている様子が伝わってくる。  何かありましたか? 何かほかに気になることでもあるんですか? 俺がそう尋ねる前に、前原は『いや、なんでもない』と言いかけた言葉を飲み込んだ。 『なんでもない。…………まぁ、しっかりな。頼んだぞ』 「はい! 了解です」  前原の言葉が、心配からくるものと受け取った俺は、できる限り頼もしく感じられるよう声を張って返事をした。  そりゃ、前回の事件でも命からがらな体験をしたのだから、心配されても仕方ないというものだろう。そう思ったのだ。  この時の自分にそれ以外の意味で受け取れるはずもなかった。  だから、前原の言葉に含まれていた心配以外の何かを、最後の一言に込められたものを、俺は察することができなかった。  俺はスマホの通話を切ると、ベンチから立ち上がった桂木と共に、野辺町へ向かうべく車へと向かった。  -

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