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FILE 03:招く死体

- -- ---  #夏だし最近聞いた怖い話教えてください  息子のかよってる学校の話。川の近くに女の人が立っていて、呼ばれた人は手を掴まれて川に引きずり込まれそうになったとかいう話。息子、まったく信じてない様子(笑)   from:みちょん@わらび餅 10時間前 コメント:3件 ―――――――――――――――――  #夏だし最近聞いた怖い話教えてください  実家にかえってまだ小学生の従妹とゲームしてたら自分の母校の怪談の話になった!!学校の近くの川に女の人が 出るとかでやばw通学路でめっちゃ通ってたわ。昔そんな怪談なかったのにね?こわ  from:カグ介 6時間前 コメント:1件   └To:カグ介 さん    え……こわ……それカグさんが卒業してから怪談できたの?誰か死んだの??    from:ももこ@犬好き 3時間前 コメント:1件     └To:ももこ@犬好き さん      ガチじゃん震える      from:カグ介 3時間前 コメント:1件 ―――――――――――――――――  #夏だし最近聞いた怖い話教えてください  リアルでいま家の裏にめっちゃパトカー集まってることwww  from:カグ介 1時間前 コメント:0件 ――――――――――――――――― 3Kis83k0nN3k -20XX/08/14 06:02:47 LogFile  ---  春巻き、焼売、ザーサイ。  目の前には規則正しく並べられたパック入りの惣菜がところ狭しと並べられている。  カシューナッツの炒めもの、ニラレバ炒め、そしてその隣に唐突にひじきの煮物。 「…………」  実に食欲をそそる惣菜の数々であったが、意識は今日の食卓とは正反対のほうを向いていた。  昨日の仕事帰りも、そして非番である今日も、桂木の事務所を尋ねていった俺は、事務所の主たる男に会うことができなかった。  支援班には桂木が現在、待機中であるという連絡は来ている。と、俺は浦賀から聞かされている。  だというのに、俺が事務所を尋ねていくと桂木は出てこない。  この一週間、支援班が“支援班本来の役割として”仕事を行うことはなかった。なので、俺が事務所を尋ねた理由は、そういった正式な調査要請のためではない。  あの羽山での一件から、俺は一度も桂木の顔を見ていない。  本来、桂木支援班に調査の要請が来た時にだけ、助っ人で参加するイレギュラーなメンバーだ。正式な警察組織の人間ではない。だから1週間程度なら顔を見ない日があってもおかしくはないのだが、俺が支援班に加わってからというもの、何かと頻繁に顔を合わせていたため、こんなに長い間桂木の顔を見ないのは初めてのことだった。  それも、ほぼ連日事務所へ尋ねているのに、事務所の扉の向こうから応答があったことは一度もないのである。  避けられているとしか思えない状況だった。  俺としても、ただの遊びで事務所を尋ねているわけではない。  この連日の訪問には、調査依頼ではないものの、先の事件の事後報告という一応の表向きの理由があった。  事件が終息してから1週間、野辺町の様子は、交番勤めの警官や、あの時話を聞かせてくれた入院患者の主治医から聞き及んでいた。  失踪後、入院を続けていた二人は、悪夢を見なくなったことを契機に徐々に精神が安定し始め、順調に回復しているらしい。  野辺町の周辺からは、一時期増加していたカラスが減り、ごみ漁りなどの鳥害が減ったとか何とか。  もちろんあれ以来、失踪者は出ていない。  原因となっていた、「桂木の恋人の遺体の一部」を掘り起こしたことで、野辺町を襲っていた異変は解決した。そう見てもよいだろう。 「…………」  あれ以来、仕事がひと段落したときや、ぼーっと歩く帰り道、夜眠りに落ちる寸前の瞬間など、ふとした拍子に物思いに沈んでしまう。  桂木の、殺された恋人の話。その恋人のばらばらにされた遺体。そして、人を喰い殺した挙句、いまだ捕まっていない犯人。  俺はここ最近、諸々の事務作業の合間に、当時の捜査資料を調べてはひたすら読み込んでいた。そこに書かれていたのは、異常な犯行の痕跡の数々と、異常に少なすぎる犯人の情報だった。  遺体に共通する特徴は、人の歯によるものと思われる損壊の痕跡と、同箇所に残された唾液。この唾液から検出されたDNA型は同一人物のもので、このデータが一連の事件を関連づける有力な情報の一つだった。  遺体の欠損は手や足の関節から先、というケースが多いものの、遺体によって部位はバラバラであった。  このような共通性を持つ遺体であるが、最後の被害者である櫛橋哲生の遺体とそれ以外の遺体では、一つ決定的な違いがあった。それは、哲生の遺体のみが全身をバラバラにされているという点だった。この遺体の損壊には、他にも気になる点が多い。  わざわざバラバラにした各部位を別の場所に隠したこともそうだが、そもそもなぜ警察は“発見されていない遺体がバラバラにされている事実を知っているのか”―――すなわち、犯人は殺害しバラバラにした遺体を、被害者の恋人・桂木に直接知らせているのだ。  ―――……当時、警察官であった、被害者男性の恋人(男性)に、被害者の携帯からSNSを通じて写真が送信される。写真は、犯人が撮影したものと思しき被害者の遺体の画像である。当該警察官は速やかに通報、事件の発覚へと至り……―――  書かれている文章を読み進めていくうちに、俺の喉はからからに干上がった。今まで事件の記録を読んできて、その中に出てくる被害者に同情することは大いにあった。しかし、この事件については何かが今までとは違った。  この事件が、一人の人間の人生を狂わせている事実を、俺は自身の目で見た。自分の身近な人間が、この事件のせいで職も地位もかけがえのない大事な人も失っている。そして今もまだ、彼の生きる世界は狂ったままだ。ここに記録された事件はまだ終わっていない。狂わされる人間は今後もまだ出てくるかもしれない。  その事実が、俺の心を落ち着かなくさせる。ざわざわと波立たせる。  それは、事件の被害者や残された遺族に対し、『かわいそうに』と悲しみを感じるのとはまったく別種の感情のように思えた。  そのささくれ立った気持ちは、事件記録を閉じた後も、俺の心にずっと付きまとっている。そしてふとした思考の隙間に、とっぷりと俺を物思いの沼に引きずり込む。 「あのぉ……」  声をかけられるとともに肩を叩かれて、びくっと体が飛び上がった。驚いて後ろを振り向くと、惣菜店の馴染みの店員が、高い背をかがめて上目遣いでこちらを伺っていた。  しばらくぽかん、とその顔を眺めていると、店員は俺の手元を指さして尋ねる。 「何か、問題でもありましたか? その餃子……」  思わず手の中の餃子を見て、俺はようやく、餃子のパックを手に取ったままぼーっと突っ立っている己が状況に気が付いた。  何か不手際でもあったかと心配そうに見つめる店員に向かい、顔の前で慌てて手を振って否定する。 「いえ! 何にもありません。すみません、俺がぼーっとしていただけなので、」  一体どのくらいここに立っていたのだろう。俺は焦って適当に惣菜のパックを手に取り、レジへと持って行った。  店員はなおも心配そうな顔をしながら、レジカウンターの内側へ戻っていく。挙動の怪しい客に不審な目を向けるでもなく、こちらを案じる店員の優しい心遣いが身に染みた。 「今日はお休みなんですか? いつも、閉店間際に来られますし、お仕事忙しそうですね」 「ええ、今日は休みです。普段の仕事も、そんなに忙しいってほどでもないですよ」  どうやらぼーっとしていたのは疲労のせいではないかと思われていたらしい。この青年は長くこの惣菜店で働いているため、常連(特にこの店舗が居抜きで入っているアパートの住人)の客の来る時間や、買っていく商品の傾向を覚えているのだという。以前、会計の間の世間話で聞いた話だ。 「それなら、ゆっくり休んでくださいね! 青椒肉絲、ちょっと味濃いめなので、白いご飯とよく合いますよ」 「ありがとう」  非常によく気の利く青年は、そう言って営業スマイルを振りまきながら、中華総菜の諸々を袋に詰めていった。  そして、すべてのパックを袋に詰め終わった後、何やらレジ横に置かれているチラシを一枚手に取り、同じく袋の中にそっと入れる。 「こちら、良ければ後で読んでください!」 「ん、なんですか?」  気になって、俺はその場でチラシを手に取った。A4の半分くらいのサイズの紙には、「デリバリーはじめました!」という大きな文字が印刷されている。その下には小さく、「ハイツ・ガーネット東坂にお住いの方限定サービス!」と書かれている。  店員はにこやかにチラシを指さした。 「オーナーが宅配サービスに関心があって、この度試験的に、このアパートにお住まいの方限定で、宅配サービスを始めてみるんだそうです。お帰りの時間に合わせてお届けしたり、玄関先に置いておいたりできます」 「……それって、ちょっとこの店に寄れば済む話なんじゃ?」  疑問に思ってそう言うと、青年は「まあ……」と微妙な顔で頭をかく。 「うちも、隣のコンビニ負けじと必死なんですよ。どうにか差別化できないかと苦肉の策でして……。オーナーもだいぶ迷走しているのでこれが成功するかはわかりませんが……」  お互い苦笑いのような顔を見合わせて、俺は店員から袋を受けとった。まあ、何かの折に利用してみてもいいかもしれない。仕事が忙しいときなどは、帰ってきても惣菜店が閉まっていることが多い。そういう時に、事前にデリバリーで部屋の前に置いておいてもらえばいいかもしれない。 「ありがとう。今度利用してみます。それじゃ」 「はい! ありがとうございました!」  元気のよい青年の声に見送られて外へ出る。  途端に、突き刺すような熱を持ち始めた夏の太陽が肌を焼いた。もう季節は7月である。  俺はその日差しから逃げるように、いそいそとアパートの階段へと足を向けた。  階段のひさしの下に逃げ込み、ゆっくりと階段を踏みしめているうちに、またも思考は事件と桂木のことへ流れていく。  ここ最近、桂木に会おうと苦戦している俺だが、実際に会ったところで何を話していのかは、俺の中でも整理がついていない。  正直に言って、俺は今の桂木に不信感を抱いていた。  羽山では、命に別状はなかったとはいえ、襲われて助けを求めた声を無視されたのだ。事情を聞いた今では、俺よりも恋人の遺体の確保を優先したその気持ちもわからないではない。そして、そんな重い事情をペラペラと他人に話せるものではないだろう。でも、だからと言って、あれはさすがに傷ついた。  単純に桂木が俺を軽んじているのか、はたまた人道的な判断ができないほど、桂木はもう狂ってしまっているのか。  自分だけで考え続けるにはもはや煮詰まりすぎていて、まるで桂木を「狂人」か「化け物」のように見てしまいそうになる。俺は、それが恐ろしかった。  そんなはずはない。桂木はそんな人間ではない。「違う」と誰かに言ってほしい。  そこまで思考が流れ着き、俺は、連日のように桂木のもとを訪問するその意図に気が付いた。  俺は、桂木に否定してほしいのだ。あの時の行動を、所業を、俺にしたひどい仕打ちを……弁解してほしいのだ。  そこで俺は頭を抱えた。そして、いつの間にか自室のあるフロアまでたどり着いていた足を止める。 (うわー……ださいなぁ……)  俺は、桂木を許していいのかどうか、自分では決められないのだ。そして、その決定を桂木にゆだねようとしている。  自分の気持ちすら自分で決められず、他人任せしようなどと、情けないにもほどがある。これならまだ、桂木を責めたいから訪問するのだという動機のほうがましだった。  俺は己の小物さ加減を思い知り、その場に沈み込みそうなほど落ち込んだ。しかし、同じフロアの住人が、立ちすくむ俺を胡散臭げな眼で見ながら通り過ぎたため、俺はその場を後にしなければならなかった。不審者扱いされて通報でもされたら、たまったもんじゃない。  のしかかる己の不甲斐なさに背中を丸めて歩いていたその時だった。尻ポケットに入れていたスマホが大きく鳴り響いた。  取り出してみると、「浦賀」という名前が表示されている。それを見て俺は素早くアイコンをタップし、スマホを耳に当てながら、自室の鍵を開けた。そして足早に音の漏れない部屋の奥へと向かう。  昨日は当直だったため、夜から昼までほかの課の担当者と一緒に職場に詰めていた。そして今日は休日である。そんな中、職場から電話がかかってくるとしたら、呼び出ししかない。 「はい、吉野です」 『お疲れ様です~。お休み中すんません、招集かかったんで、お願いします』  やっぱりな、と思いつつ尋ねる。 「他の課の応援ですか?」 『いえ、支援班のお仕事です』  そう言われて一瞬動きが止まった。支援班のお仕事、と言うことは桂木も捜査に参加するはずだ。今日もしかしたら、会うことができるかもしれない。  無意識に唇をかみしめ、浦賀に「すぐ向かいます」と告げて通話を切った。  俺は手にした惣菜を冷蔵庫に突っ込み、最低限の身支度を整えると自室を出た。

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