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FILE04:縁結びの祠
――――――という所見があり、その地に住む同じ祖先をもつもの(氏子)による氏神信仰が主だったとされている。
×地方の氏神信仰について考えを深める前に、まずは各所に見られる氏神信仰を地名と共に列挙する。
(1)Y村(現Y町)における信仰
山林の中に祠をたて、祀られる。年に一度、氏神祭りと言って、酒と米、その地でとれたものなどを供える祭りがある。
氏子からは「モモオサマ」「モモウサマ」と呼ばれており、この地の名士である五十嵐氏によると、古くは「お守り様」「まもり様」と呼ばれていたことから、そこから訛ってこのような呼称になったという。Y村には七日参りと言って、安産祈願、子宝祈願として、妊婦もしくは子を望む女が七日間氏神の祀られている祠に参拝すれば、その願いがかなえられるという伝承がある。前述した五十嵐氏の代までは行っている住人がいたが、今ではほとんど廃れており、参るものもいないという。
(2)C村(現C町)における信仰
C村では早くから仏教寺院が建てられたこともあり、地方の氏神は寺院の―――――
…………×地方における民間信仰とそれに見られる地理的特徴 日章館大学別冊論文集 第4号より抜粋
―――
夏が過ぎ、なおもしつこく残る暑さもさすがに息をひそめた10月。あたたかな日差しに心地よさを感じつつ、時たま吹く風に首をすくめるそんな季節。
交通課の助っ人を勤め上げ、俺はふらつく頭で支援室の扉を押し開けた。たまたま交通事故がいくつか重なったため、現場整理要員として駆り出されたはいいが、すでに死亡遺体として運ばれているはずの男が、ずる、ずる、とアスファルトを這いずっているのを必死に無視して、通行人を誘導し続けるのは辛かった。
その音は、通行人に合わせて移動する俺の背後を常にずる、ずる、と付いてきた。
通行人に迂回する道を示し、また次の人のもとへ行く。その行ったり来たりがせわしなく頻繁だったからおおいに助かった。
案内を求める通行人のもとへ走っていけば、音との距離は遠ざかる。再び音が近づいてくる頃には、次の通行人がやってくるので、またも俺は背後に迫った音を引き離すように走る。常に緩やかな追いかけっこをしているようなものだった。何より怖いのは、その繰り返しに慣れてふと気を緩めると、アスファルトを擦る柔らかな肉の音が思いのほか近くに聞こえる時だった。
そんな訳で、気の抜けない数時間を過ごしてくたくたの俺は、浦賀のねぎらいの声に唸るように答えて、自分のデスクの椅子に深く腰掛けた。
そのまま脱力して背もたれに背を預けようとしたとき、背後から前原に声をかけられた。
「おお。吉野、ごくろうさん。お疲れのところ悪いんだが、ちょっといいか」
「あ……はい?」
気の抜けた返事をしながら首をひねって前原を見ると、支援室の左奥にあるパーテーションを指さしている。その向こうにあるのは簡易的な応接スペースのようなものだ。わざわざそこへ誘うということは、何か込み入った話があるのだろう。
俺は素直に立ち上がり、前原と共にパーテーションの奥の椅子に腰かけた。
対面に座った前原がやけに神妙な顔をしていることに気が付き、無意識のうちに姿勢を正す。
ほどなくして、前原が重々しく口を開いた。
「実はな、お前に折り入って頼みがある」
「な、なんですかいきなり、改まって」
「まあな……。ひとまず、俺の、個人的な頼みとして聞いてほしいんだが……」
そう言って前原は、自分の両手を組み、しきりに擦り合わせる。やがて思い切ったように前原が言った。
「俺の孫娘の、美津 のことは知ってるよな」
「美津ちゃんですか? 知ってますよ。会ったことはありませんけど」
前原とは長い付き合いになるため、同居している家族のことは知っている。孫娘の美津は高校生で、少し離れた女子高に通っているはずだ。前原、前原の娘夫婦、そしてその一人娘の美津の5人で、同じ家に暮らしている。
前原の一人娘の理恵とは、少しだけ顔を合わせたことがあるが、理恵の娘の美津とはまだ会ったことはない。
「ああ……その美津の仲のいい友達がな、どうも怪異現象に悩まされているらしい」
「――――怪異、ですか」
「ああ」
前原は静かに頷くと、ため息交じりに話を続ける。
「その美津の話を、聞いてやってほしいんだ。お前と、先生とで。先生からはもうOKをもらってる。あとはお前がうんと言ってくりゃそれでいい」
「ちょ、ちょっと、待ってください」
一旦待ってくれと前原に手の平でストップを示し、俺は感じた戸惑いをそのまま口にする。
「桂木さんも? ……いや、むしろ桂木さんにお願いするのは納得できますが、なんで俺もなんですか? あ、いや、話をするのが嫌ってわけではないんですけど……」
「お前、年頃の娘をだな、桂木に会わせるとして、どんな心配があると思う?」
率直な祖父としての本音が漏れてしまったらしい。前原は、桂木のことを“先生”と呼んで敬語を使うが、たまにこうしてぞんざいな口調になる。桂木は元警官だったということだから、その時の呼び方がぶり返すのだろうか。
それはそうとして、女子高生が相談を持ち掛ける相手として、桂木はあまり……適しているとは言えない、と俺も思う。
そもそも、相談する内容が内容だ。怪異の相談を持ち掛ける相手が、坊さんや神主ならまだいい。だが桂木は探偵だ。オカルト探偵? なるほど、胡散臭い。何か良からぬ影響を受けないか、保護者としては心配になるかもしれない。
しかし、俺がそう告げると、前原は首を振った。
「違う。それは問題ない」
「問題ないんですか……」
「あいつ見た目が怖いだろう」
そう言われて、ああ、と納得する。桂木は上背があるし、長い前髪が目元を覆い隠していて、表情が伺い知れない。愛想のよい方でもないし、その見た目だけならば、ぱっと見では堅気に見えない。
前原はがしがしと後頭部を掻きながら唸るように言う。
「先生があれで物腰柔らかなのは知ってるんだがな、もう一人、普通そうな警察の人間が同席したほうがいいかと思ったんだ。いやまあ、先生には悪いけども。それに、」
前原はふっと、表情を曇らせる。
「もう一つ理由がある。実は、美津とその、怪異現象に悩まされている友達との、共通の友人がな。……しかも美津にとっては幼馴染だ。その子が、数日前に学校の階段で転落して、亡くなってるんだ」
「それは、………」
俺は黙って、固い表情のままの前原の話を聞いた。話を簡単にまとめると、こうらしい。
美津の幼馴染であり、美津と同じ高校に通う、川西サツキという女学生が、校舎の階段から落ちて死んだ。現在、その事件は本部の他の課が担当して捜査を進めているが、支援班はその捜査に関わる予定はない。しかし、美津の話によれば、サツキと共通の友人である麗奈が、サツキが落ちたのと同じ場所で転落し、足を怪我したのだという。
「美津は、その麗奈と、サツキの転落が関係あるんじゃないか考えている。漠然と、次は麗奈が危ないんじゃないかと心配してる節があるんだな」
「……なるほど」
「もしこの事件に怪異が絡んでいるなら、支援班への調査要請が来る可能性もある。そうなった時の情報共有の手間を省くため、っていうのが、お前に同席を頼むもう一つの理由だ。どうだ、引き受けてくれるか」
前原がずいと上半身を乗り出す。
これまでの話を聞く限り、断る理由はない。それに、会ったことがないとはいえ、前原が孫娘に沢山愛情を注いで可愛がっているのは知っている。だから俺はすぐに前原に頷いた。
「もちろん、前原さんの可愛いお孫さんのためなら」
「はは……。あ、おい。美津には手を出すなよ」
冗談めかしているが、前原がほっとしているのが伝わってきた。
高校生という多感な時期に、友人を亡くし、さらにもう一人の友人に怪しげな現象が起きているのだ。それは祖父として、家族として、心配にもなるだろう。
前原は椅子から立ち上がりがてら、ぽん、と俺の肩を叩く。
「頼んだよ」
その言葉にしっかりと頷いて答える。
そして前原は、美津から話を聞く時間や場所は追って連絡すると前原は告げると、用があるからと言って前原は席を立った。
俺は自席に戻り、のろのろと書類仕事を再開しながら、まだ会ったことのない前原の孫娘についてつらつらと思いをはせ、その日の業務をこなした。
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夜、アパートに帰ってシャワーを浴び、ソファの上でぼーっとテレビを眺めていると、テーブルに放っておいたスマホが鈍く振動した。
画面を見ると、桂木からのメッセージが届いていた。昼間、前原から聞いた孫娘の美津の件について、話を聞く場所と日時を連絡するものだった。
明日、美津が支援室にやってきて、そこで話を聞くことになったらしい。時間に合わせて桂木も支援室へ顔を出すため、その時に諸々の書類を持っていく、というような業務連絡が数行にわたって記載されていた。
俺はすぐさま「了解です」と返事を送る。しばらくして桂木から「ではまた明日に」と簡潔な返事が返ってきたのを見て、俺はため息をついた。背もたれに頭を預けるようにして天井を見上げる。
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