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「麗奈さんは、どうしてそのような現象が起きているのか、原因に心当たりはあるようでしたか?」 「あ……わたしも聞いてみたんですけど、分からないって言っていました」 「いつからその現象が起きたかは?」 「麗奈自身も、はっきりいつとはわからないんだそうです。気づいたらいつの間にか、って……」  美津は、時折考えるそぶりを見せるものの、テンポよく桂木の質問に答えていく。  ふと、自分が高校生だった時は、こんなにしっかりと物事を順序立てて話せただろうか、と考えてしまう。桂木に対して物怖じしないし、先ほども緊張せずに話しているようだった。身内に警察官がいるおかげで、警察官相手に抵抗がないのか、はたまた案外度胸のある性格なのか。  以前前原は、美津のことをぼーっとしていて、いつもふらふらどこかをほっつき歩いていると評していたが、俺にはそんな風には見えなかった。 「……なるほど。では、この麗奈さんの事情を知っているのは、美津さんだけでしょうか。それから、美津さんから見て、他のご友人にそういった現象は起きているように感じますか?」 「ええと、今のところ、麗奈に起きていることを知っているのは、わたしだけだと思います。他の子は……どうなんだろう」  自分自身に問いかけるかのように呟いて、美津は表情を暗くする。 「サツキと麗奈とわたしはそれぞれ友達だって言いましたけど、もう二人いるんです。近藤夕実って子と、矢来まるちっていう子です。いつもその五人でつるんでて……。で、その二人は多分、麗奈みたいな変な現象は起きてないと思います。でも、二人ともサツキが死んじゃってすごく落ち込んでるから、わたしが気づけていないだけかも……」 「そうですか……」  新しい人物の名前が出てきた。俺は心の中で名前をメモしつつ整理する。  美津、サツキ、麗奈、夕実、まるちの五人が仲良しで、サツキは先日階段から落ちて亡くなり、同じ階段から麗奈も転落する事故がおきた。麗奈が転落したのは怪異現象のせいで、サツキも同じ怪異現象に遭ったのではないかと美津は考えている。同じく友人の夕実、まるちにはおそらく怪異現象が起きていないが、確証はない。  自分の中で再度、美津の言葉を咀嚼し終えたところで、桂木が話を切り替えるように、「ありがとうございます。お話はわかりました」と告げた。  美津はその言葉にはじかれたように背筋をのばした。この事件の謎について結論が出されると思ったのかもしれない。しかし、桂木が続けた言葉はこのようなものだった。 「今の段階ではまだ、なんとも言えません。まずはその麗奈さんに、詳しくお話を伺えればと」 「あ、……確かに、そうですよね」  美津はそれを聞いて背筋から力を抜く。一瞬落胆したようにも思えたが、ひとまずは捜査を継続する姿勢を示した桂木の言葉に安堵したようだった。緊張にこわばっていた肩もおろし、ほっと息をつく。  桂木に言葉に細やかに反応する美津とは正反対に、桂木は最初から最後まで一定のテンションのままだ。俺は女子高生相手に、どう話しかけていいか散々迷ったというのに。桂木は涼しい顔で今も淡々と美津に話しかけている。 「それから、サツキさんと麗奈さんが落ちたという現場も、調査する必要があるかと思います。……前原さん、可能ですか」  そう言って桂木は前原に視線を向ける。前原は片手で自分の顎を擦り、何事か思案したかと思うと、「ああ」と頷いた。 「今の話をもとに、とりあえず支援班による調査が必要だと進言してみよう。……まあたぶん、要望は通るでしょう。問題ないですよ」  前原はにや、と俺たちにだけわかるように笑った。何せ前原は古狸なだけあって各所にコネを持っている。そんな風に笑って言うのなら、まあ確実に、調査の段取りは取り付けられるのだろう。 「ただ、今すぐに、って訳にはいかないでしょうな」 「ええ。……美津さん、先に、麗奈さんにお話しを聞くことはできるでしょうか」 「は、はいっ! あの、実は……」  そう言いながら美津は制服のポケットからスマホを取り出す。 「麗奈には、今日予定を開けておいて、ってお願いしてあるんです。詳しくは伝えてませんが、麗奈が悩んでることについて、相談してみるから、連絡取れるようにしておいてほしいって。だから、もしよかったら今日にでもお願いできませんか?」  この準備の良さに、少し驚いた。でも、よく考えれば事前に前原と話しているのだから、必要な情報をそろえて置いたり、根回しをしておいたのは、前原の助言かもしれない。  美津は今すぐにでも連絡したいとばかりにスマホを握り締めて桂木を見ていた。  俺の今日の予定は特にない。支援班は待機の状態だし、他の課からのヘルプもない。桂木のほうも、今日一日予定は空いているという。今日のうちに話が聞けるのであれば、それに越したことはない。  美津はそう聞いて、顔をぱっと明るくさせた。 「じゃ、じゃあ早速、麗奈に連絡とってみます!」 「連絡とるのはかまわんが、いったん家に帰ったらどうだ?」 「あ、うん。お仕事の邪魔したら駄目だもんね。それじゃ、わたし、失礼します!」  美津はそう言うと、先ほどまでの辛そうだった様子を一変させて、素早く椅子から立ち上がる。その場で勢いよく一礼すると、スマホを握り締めて歩き出した。 「おいこら、せっかちだなまったく……すまん、二人とも、ちょっと表まで送ってくる。……おい、ちょっと待て!」  その後を慌てて追っていく前原。バタバタと支援室を飛び出していく二人を追ってパーテーションから顔を出すと、そこには開けっ放しの扉をぽかんと眺める浦賀がいた。 「え、もう帰っちゃった……せっかく可愛い女の子が来てくれたのに……」 「そういうこと言ってると、前原さんに締められるぞ」  上司の孫相手に随分と勇気がある。椅子から立ち上がり、浦賀の隣の自分のデスクに歩み寄りながら、呆れ気味に呟く。  開きっぱなしの扉に近づいてしっかりと閉めながら、俺は話をしている最中の、くるくると変わる美津の表情を思い出していた。最初は不安そうで、サツキの死を話すときは心底辛そうで、そして、麗奈のことを心から心配している、という顔だった。 (すごく友達思いで……いい子なんだなあ)  最後に見せた、捜査を引き受けると決まった時のほっとした表情、そして、すぐにでも友達に知らせようと飛び出していった時の表情。思っていることが顔に出るのだろうなと思い、またその表に出てくる感情がまっすぐなものばかりだから、その素直さに好感を持つ。  前原が可愛がるのも無理なはないな、と思った。  席に戻ると、パーテーションの向こうからゆっくりとした歩みで桂木がやってくる。 「浦賀さん。多分この後、支援室に仕事が来るかと思います。日百高校で起きた生徒の転落事故なんですが」 「日百高校? あ、美津さんの通ってる学校ですか?」  浦賀が訊ねると桂木が頷く。浦賀はその名前に心当たりがあったようで、「数日前にニュースになってましたね」と目の前のPCから視線を外さず答えた。画面には早速、検索してヒットしたウェブニュースの記事が表示されていた。  ―――『高校生、校舎の階段から転落 事故か自殺か』 「これ、確かまだ機捜がやってるんじゃないかな……。わかりました。すぐ情報集めておきます」 「頼みます」  浦賀と桂木がそんな会話をしているところで、俺のスマホが振動した。  画面を見ると、先ほど部屋を出て行った前原からだ。すぐに通話をオンにすると、スピーカーの向こうから風の音と共に前原の声が届く。 『吉野、今美津が連絡をつけて、今日の夕方、外でその麗奈って子に話を聞けることになった。悪いが、俺はこの後すぐに、支援班に調査が来るよう、もろもろお願いに行かなきゃならん。先生とお前で頼めるか?」 「了解です。夕方ですね」  言いながら、電話に出た俺をじっと見ていた浦賀と桂木の方を見る。前原の声は大きく、おそらく桂木たちにも何を話しているか伝わっているだろう。  前原はそのまま、美津たちの通う高校の最寄り駅近くの喫茶店の名前を告げた。そこに16時集合、ということだった。俺は了解した旨を伝えると通話を切った。 「聞こえてたと思いますが、山戸(やまと)駅前の『マーブル』って喫茶店に、16時からだそうです。そこに、麗奈さんと、付き添いで美津さんが来てくれます。前原さんは各所に話をつけに行くから、桂木さんと俺で行って来いと」  とたん、浦賀が「え~! いいなあ」と声を上げてのけぞる。背もたれをきしませて体を揺らすその様子はまるで子供のようだ。 「女子高生ふたりと喫茶店スか? いいなあ……でも、俺には支援室を守るという義務があるんで」 「義務っていうか、ただの留守番っていうか……」  浦賀の仕事は事務全般だ。支援班に来るすべてのメール・電話・郵送物を捌き、必要な情報を集め、外出の多い俺と前原に情報を渡す。事務担当がもう一人いれば別だが、現状浦賀が支援室を留守にしてしまうと、いろんな業務が滞ってしまう。  しかし今まで、浦賀はその支援室から一歩も出ない業務に不満を漏らすことはなかった。今回もわざと大げさに、不満があるかのように言ってみせた雰囲気がある。現に、浦賀は既に先ほどの拗ねた態度など忘れ去ったかのように、PCに向き合って作業を再開していた。 (……そういえば俺、浦賀が退勤したり、出勤したりする瞬間を見たことないな)  浦賀はいつも、俺が支援室に出勤する頃には既にデスクでPCを立ち上げていて、退勤するときもPCをいじりながら「お疲れ様っす」と気のない返事で送り出してくれる。彼が出勤・退勤する瞬間を、俺はまだ見たことがないのだ。  ふと気が付いた同僚の不可解さに、俺が何となく薄気味悪さを覚えていると、桂木がすーっと、部屋の奥の応接スペースへ向かっていくところだった。 「あ、桂木さんは16時まで、どうします? 支援室で待ちますか? 今日、支援班(うち)は待機なんで何もないと思いますけど」  桂木は長い前髪を揺らしてこちらを振り向く。 「なら、この前頼んでおいた事件資料を読ませてもらえますか? それが終わったら、浦賀さんがこれから集めてくれる高校の事件の資料を読みましょう」 「あ、そういうことなら、俺も」  こうして約束の時間まで、各々が黙々と資料を読みふける、退屈で穏やかな時間を過ごした。  そして、主に浦賀が話の主役となった昼食の休憩時間も過ぎ、約束の時間に合わせて俺と桂木は本部を出た。  山戸駅は、本部のある深御市から電車で数駅離れた場所にある。深御市が県内でも有数の中心市であるのに対し、山戸駅のある山戸町は、“市”ではなく“町”であることからわかるように、静かで落ち着いた……悪く言えば地味な土地である。  深御市からのアクセスは悪くないのだが、すぐそばになだらかな山林が迫ってきており、人口はそれほど多くない。  その手前の町のほうが深御市に近いうえに、山が近い山戸町に比べて土地が平坦なものだから、わざわざ山戸町に居を構える人は少ないのだ。  そんな山戸町だが、実はその山林の麓に、そこそこ立派な高校がある。それが、美津たちの通う県立日百高等学校だ。  戦後に建てられたその学校は女子高で、近年リニューアルした建物の綺麗さと、“自然豊かな”環境で学べることが学校の売りらしい。  深御市にも高校は何校かあるが、偏差値の高い進学校以外の学校は、繁華街が近くにあるせいもあって、生徒間の雰囲気は荒れがちだ。  その点、日百高校は、夜遊びに行こうにも周囲にあるのは山と住居だけ。しかも男子がいない。他にも成績優秀な部活動がちらほらある、などの特徴もあるが、第一にその“安全性”に引かれて娘を入学させる親が多いようだ。  いつものごとく、運転席に俺、助手席に桂木を乗せて、車は山戸駅前の人の少ない目抜き通りを走っていく。そこから幾分か細い路地に入ったところにあるのが、指定の喫茶店だ。適当な駅前のコインパーキングに車を止めて、徒歩で向かう。  個人経営の床屋や、スナック、バー、酒屋などが雑多に並ぶ通りを中ほどまで歩くと、深く濃い色の、こじゃれた木製の看板が下がっているのが見えた。「マーブル」と書かれた看板の下には、漆喰の壁と、木枠と色ガラスでできたレトロな扉がある。もう一度店名と地図アプリを確認して、俺は喫茶店の中へと入った。

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