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 まずは夕実と同じように、当たり障りのない質問から始める。  サツキについて何か気が付くことはなかったか、心当たりはないか聞くが、こちらも以前の答えと同じく、知らない、し、心当たりもないという答えだった。  続いて、事件当日の行動について尋ねると、校内にいたものの、いろんな場所をふらふらしていたため、どこにいたか明確には覚えていないという。主に西校舎と中央校舎付近のあたりをうろついていたそうだ。 「う~ん、たぶんですけど……西校舎の一階あたりでまわりが騒がしいことに気付いて、みんなが行く方向にうちもついていって、それであの階段についた気が……」  その証言も、事件直後に行われていた聞き込みの内容と一致していた。  サツキが、あの日あの時間、現場へ行った理由について聞くと、まるちは大げさなほど眉をひそめて、「そんなん知りませんよぉ」と言った。 「あの日は委員会とか部活とかあって、みんなバラバラだったと思うし……、サツキは優等生だったから、先生の手伝いで特別教室で授業の準備することも多かったから、そういう理由があれば行くと思いますよ? あの日がどうだったかは知んないけど……」 「……そうですか」  当たり障りのない回答。それならそれで、問題はないのだが、どうしても気にかかるのが、まるちのその平然とした態度だ。  四人一度に聞き込みをした時にはよく見ていなかったが、夕実や麗奈一人に対して行った時と比べ、まるちは驚くほど平静に見えた。いや、よほど警戒の度合いが高いのか、こちらにまったく感情を見せないのだ。  怯えや不安、怒り、それにサツキが死んだことに対する悲しみさえ、彼女は微塵も見せない。  あまりのガードの高さに、こちらが閉口していたその時だった。またも、横から桂木が口を挟んだ。 「美津さんとサツキさんは小学校からの幼馴染なのだとか、まるちさんも、お二人とは幼馴染なんですか?」 「あ、うん。そうだよ。私は……あと麗奈もかな。中学校の三年生の時から友達」  また、幼馴染の話だ。  夕実はこの話題でかなり動揺していたが……そう思ってまるちを見ると、驚くことに、その表情にはどこか寂し気な色が浮かんでいた。聞き込みを始めてからというもの、まるちがはじめて見せた、感情のこもった表情だった。 「……麗奈さんもだったんですか」  と桂木が頷く。そしてすかさず、 「では、夕実さんは?」  と問いかけた。そこで、今まで絶え間なくしゃべり続けていたまるちの口が止まる。  すぐに口を開いたまるちだったが、その一瞬の停滞を俺も桂木も見逃していなかった。 「ゆんちゃんは中学一年の時に、みっつんたちと友達になったんです。クラスが同じになって、」 「では、麗奈さんとまるちさんは、三年でクラスが同じに?」  そこでまた、まるちの動きが止まる。しかしすぐに、その表情豊かな顔が動き出し、「いや、違うくて、」と困ったように頭をかいた。 「やー、その頃、うちがクラスでハブられてて。その時同じクラスだったゆんちゃんが、うちのこと庇ってくれて。それでゆんちゃんが、その時別のクラスだったみっつんとサッちゃんと麗ちゃんに会わせてくれたの。ゆんちゃん、まじでヒーローみたいだったなあ」  まるちはなおも明るく笑っていて、告白の内容との落差がかえってその痛々しさを際立たせている。  もし、俺が質問している立場だったら、気まずさと申し訳なさで言葉を止めていただろう。しかし、桂木は臆することなく、間髪入れずに言葉を続けた。 「そうでしたか、無遠慮に聞いてしまってすみません。まだ質問したいことがあるのですが、大丈夫ですか」 「いえいえ~。大丈夫です、もう昔のことですし」  その笑顔は当初よりも力のないものだったが、桂木はかまわず、「では次なんですが……」と続ける。  何であろうと目の前の現状に引きずられない姿勢にいっそ感服した。だが、この場合はさっさと話題をきりかえてしまう方が、まるちにとってもいいかもしれない。 「桃羽様の噂のことについてですが。これはまるちさんがその噂を知り、皆さんに話したのですよね。あまり流行っている噂ではないようですが、なぜこの話をしようと思ったんですか?」 「え? 雑談のチョイスなんてそんなん、適当っていうか、なんか面白いなーと思ったネタなら話すっていうか……」 「なるほど……。ちなみに、その噂はどのwebサイトで見つけたのか、教えてもらってもいいですか」  まるちが頷き、自身のスマホでそのサイトを表示する。どうやら少し前に流行った掲示板系のサイトのようだった。投稿の数は膨大で、今この場でその件の投稿を見つけることは難しい。ひとまずURLだけ控えて、後で浦賀に調査をお願いすることとした。 「……それでこの噂なんですが、この学校でそれを実践した人って知っていますか?」  桂木の口にした質問に、俺はわずかに身を固くする。質問が本題に入ってきた。  まるちは首を振って、「さあ……聞いたことない」と返した。その表情は特にわざとらしいところも無く、自然な様子に見える。  桂木もごく自然な口調で、夕実の時と同じ、例のブラフをかけた。 「実は、私たちも祠の調査へ行ってきたのです。見たところ、最近人が入った形跡がありましたので。皆さん五人の中では誰も、あの祠に行っていないんでしたよね?」 「うん。なんかめんどいね~って話して、その場は終わりだったかな」 「他に、この学校の生徒で祠に行った方はご存知ないでしょうか」 「ん~、聞いたことないかなぁ」  桂木はその答えに、「わかりました」と素直に納得した、かのように思えた。 「……ですが、恋愛絡みの話ですし、他人に知られるのが恥ずかしくて、誰にも言わずにこっそりと行く、ということもありそうですね」 「……まあ、」  一旦引いたと見せかけて、ちくり、とした言葉で刺しにかかる。  この時ばかりはまるちの考えていることがわかった。何が言いたいの、とでも言いたげなまるちに、桂木は尋ねた。 「皆さんはどうでしょうか。まるちさんから見て、みんなに内緒で縁結びのおまじないを実践しそうな人はいませんか?」  横で聞いているこちらがひやりとするような言葉だった。その遠慮のないひとことに一瞬、まるちの肩がこわばる。  だが彼女はすぐに、肩を揺らして「あっははは!!」と豪快に笑った。投げかけられた言葉を打ち消すかのように、笑い交じりの声を張り上げる。 「、いやいや、ないない。ないないない! そんな、意味わかんない噂に縋る前にさぁ、恋愛の悩みなら、まずはうちらに打ち明けるって~……だって、」  だってうちら、仲いいし。そう最後に言った言葉は、ほんの少し心細く感じられた。笑顔はますます華やかに表情を彩っているのに、先ほどまでの揺ぎない態度は消え去っている。  まるちはそう信じているが、あの五人の中で、少なくとも一人、麗奈が祠へ行ったことはわかっている。誰にも言えなかった恋を成就させるために。たった一人、誰にも内緒で。  結果として桂木の揺さぶりは効果があったのだろうか。まるちからも、夕実からも、決定的な証言を得ることはできなかった。  でも、その反面、彼女たちが明らかに動揺していて、“何かを隠している”ように感じた取れたのは、確かだ。  調査は進展したかもしれない。だがそれを手放しで喜ぶことは、俺にはどうしてもできなかった。  少しして、桂木が俺を見ていることに気が付いた。桂木の質問は途切れていて、そろそろ切り上げ時か、と思う。俺が聞きたかったことはすべて、桂木がきいてしまっていた。  俺はまるちに、聞き込みに応じてくれたことへの礼をつげると、気が付いたことがあったら連絡してほしい、と連絡先の書かれたメモを渡した。まるちはそれを受け取ると、再び俺と桂木に笑いかけた。 「じゃあ、うち、ゆんちゃん探しに行きますね。あ~、その前にみっつんたちの顔見てから行こうかな……」  そう言うと、まるちは軽やかにソファから立ち上がり、面談室を出ていく。その後をついて廊下に出ると、まるちは隣の教室の扉をあけ、「お待たせ~」と元気な声を上げて教室の中へ入っていった。 「終わったよー。ってことで、ゆんちゃん探してこようかと思うわ。二人は、このあと刑事さんに取り調べされんの?」 「や、わたしたちは……」  まるちに続いて教室に入っていくと、麗奈と美津がこちらを見た。今日は麗奈と話す予定はそもそもなかったが、午前中にあった出来事のおかげで、麗奈には伝えなければいけないことができていた。そして、聞かなければいけないことも。 「麗奈さん、少しいいかな?」  目を合わせて声をかけると、麗奈はわずかに体を震わせた。一瞬、横にいた美津を振り返るが、すぐにゆっくりと立ち上がる。美津も不安そうな表情で麗奈を見ていたが、不安をむりやり押し隠すように、きゅっと眉を下げて笑ってみせた。 「……わたし、教室で待ってるね。まるち、夕実をお願いね」  美津がそう言うと、まるちは「うん、わかった」と言って、その場で身を翻した。そのまま俺の横をすり抜け、廊下へと出ようとする。  その時、まるちが俺の顔を見上げた。偶然目が合ったというにはあまりに不可思議な、こちらの腹の奥を探るような目で、じっとこちらを見つめていた。  ほんのわずかな一瞬だったが、その目は俺の心に不穏なものを残した。まるちはさっ、と視線を断ち切ると、軽やかに廊下へと走り出ていく。とっさにその後姿を目で追うが、結局その目線の意図は解らなかった。

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