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FILE 06 :寄り憑くもの

***怖い話集める*** まつばやし | 20XX/03/31 20:33 レス:23 スター:2  今日土砂降りだったけど、交差点で変な女の人見つけて怖かった話。  今日すげえ土砂降りだから、みんな傘さして早足で交差点を歩いてくんだけど、  その中に赤のチェック?遠目だからわかんないけど、赤い柄物っぽい傘さしてる女の人がいたのね  傘のせいで首元しか見えないんだけど髪が長くてワンピース着て普通の女の人っぽく見えた。  何で目に付いたかって、その人交差点のど真ん中で立ち止まってんの。めっちゃ人歩いてんのに  で、何してんのかっつうと、ぼろぼろ泣いてんの、ガチ泣き  周りの人はその女の人に気付いてないみたいに歩いていくから気味悪くて、  近づかないようにして俺も交差点を渡った。  振り返ったらもういなかった。普通に歩いて交差点を渡って行ったのかもしれないけど、  普通こんな雨の中の交差点で、立ち止まって泣かないじゃんか。周り総スルーだし、怖かった ◇レス一覧◇  9 20XX/03/31 23:21  お前傘で顔見えなかったのに何で泣いてるってわかったの  10 20XX/03/31 23:48  >9  やめて怖い  >Log file : 20XX/03/31 20:33:45 ji92iL0bx guest ------------------  芹沢の逮捕は、深御市に本拠地を置く警察本部に大きな衝撃をもたらした。  彼はその日のうちに本部留置場に移送され、各所から捜査員が招集された。直ちに深御市多重殺人事件との関連性が調べられ、芹沢は、諸々の鑑定結果や家宅捜索で得られた証拠品から、長いこと犯人不明だったこの事件の真犯人であることが確定した。  深御市多重殺人事件は、数年ぶりに大きく動き出した。警察は待ちかねたとばかりに、芹沢本人やその住居、また俺を監禁していた家屋などをくまなく捜査した。奴の活動拠点からは、いくつかの殺人事件の証拠や、本人の戸籍に関する情報が得られた。が、哲生の遺体が隠された場所はいまだ判明していない。  当然、事件当事者だった俺にも捜査が及んだ。事情聴取も受けたし、アパートの自室にも捜査員が入った。その結果、いくつもの隠しカメラ、隠しマイクが見つかったことには、誰でもない俺が一番衝撃を受けている。  芹沢の働いていたアパート一階の惣菜店、”ラヴェット”も捜査対象だ。この惣菜店の店主は、現在行方をくらましている。そもそも”店主”とやらが本当にあの店にいたのかも怪しい。俺を含めあのアパート周辺の住民は、誰もあの店の”店主”を見ていないのである。”店主”の存在すら、芹沢の用意した偽装だったのかもしれない。  どちらにせよ、そろそろ事件から一カ月半だ。芹沢は今でも留置場で取り調べを受けているが、一言も口を開かない。世間は”深御市多重殺人事件の犯人、数年越しの逮捕”というセンセーショナルなニュースに、当初は勢いよく食いついた。だが最近は、なかなか進展しない捜査に愛想をつかし、別のニュースに興味を移しつつある。世間の熱が冷めるのが先か、事件の新情報が得られるのが先か。いや、逮捕直後から年末年始にかけて散々特番が組まれたのだ、今ある情報をすべて食い散らかしていた世間はもう、この事件に飽きているだろう。病院に缶詰めになっている間、俺もさんざんこの手の番組は見漁った。ほとんど実のある情報は得られなかったが。  そうだった。結局俺は、あの事件の後、一週間ほど入院した。怪我自体は大したことが無かったのだが、それでも入院に至ったのには理由があった。一つは、念には念を入れて詳細な検査を行うため。もう一つは、本部内の人間と俺本人に対する配慮のため。そんなありがたい上層部の御意思で、俺は病院に閉じ込められる羽目になった。  検査と、そして治療に関しては最悪の一言に尽きる。浦賀の手によって病院に担ぎ込まれた俺は、受けた仕打ちの洗いざらいを、医者に白状しなければならなかった。当然あのくそったれにレイプされたことも。医者は何も言わず処置をしてくれたし、刑事事件としてしかるべき対処をしてくれたが、とりあえずそのあたりは思い出したくない。  この情報は一部にしか知られていない、らしいが、少なくとも俺の把握する範囲では、病院へ運んでくれた浦賀と、上司である前原には知られてしまっている。俺が目を覚まし、今の俺の事情を知っているのがこの二人(と一部の捜査関係者)だけだと知った時、最初に行ったのは、桂木にこの事実を伏せておくよう二人に頼むことだった。浦賀も前原も、何も言わず頷いてくれた。  情けなくて申し訳なくて、二人の顔を見ることができなかった俺だが、俯いた視界の中で、前原の拳が小刻みに震えるほど強く握りしめられていたのを見た。それに打ちのめされたような、救われたような、鈍い衝撃を胸に受けたのをよく覚えている。  退院後は通常業務に戻った。といっても、その時は芹沢の調査で、刑事部がてんやわんやの大忙しで、なまじ刑事部に所属している支援班もそれは例外ではなかった。いつもは暇を持て余している支援班メンバーだが、刑事部の調査の手伝いに事務作業、電話番などの裏方作業に日夜駆り出された。俺はというと、被害者とはいえ事情聴取は既に終わっており、一般の警察官に戻った身として、遠慮もへったくれもなく刑事部の皆様の手足として日々働いた。だがそれも、年が空けてしばらくする頃には落ち着きを取り戻していた。それはひとえに、芹沢が黙秘を続けているせいだったから、手放しでは喜べなかったのだが。  そうして時間ができると、俺たちはもう一つの重要な仕事にとりかかった。哲生の遺体を探すことである。  以前はこそこそと非公式に行っていたこの作業だが、芹沢という真の犯人が見つかったことにより、支援班として正式に調査を行うことができるようになった。  芹沢が殺害した哲生の遺体周辺では怪異現象が起きる。これまで俺と桂木は、その情報を根拠に、怪異現象が起きたという場所を片っ端から調べていた。だが芹沢が逮捕された今、捜査で判明した奴の行動範囲と照らし合わせ、”芹沢の足跡と重なり合う場所で起きた怪異現象”に絞り込んで捜査をする方針に変わった。  桂木が数年前、信じてもらえなかった『芹沢』の存在。それが認められ、そして殺害された哲生の遺体の捜査が、正式に許可された。長年、たった一人で戦い続けてきた桂木の苦労が少しでも報われたのならいい、とそう思う。むろん、本当に報われるべき瞬間は、哲生の遺体をすべて見つけ出し、芹沢が裁かれるその時だと思う。……いやそれでも、桂木は報われることなどないのかもしれないが。  ……桂木とはあんなことがあった後だが、おそらく、事件の前とさして変わらない態度で、お互い接していると思う。  少なくとも俺はそうしようと努めている。事件から三日ののち、桂木が俺の病室を訪ねてきた時以来、ずっと。  俺は病院で目覚めてからというもの、事情聴取と検査以外の一人の時間は、大抵桂木のことを考えていた。  事件の夜の桂木に対して、怒りだとか悲しみだとか、そういう感情は抱いていなかった。確かに傷つきもしたが、それも一時の感情だった。それよりも俺は、桂木が俺と組んで仕事をするのをやめてしまうのではと、その一点だけが心配だった。  俺の存在が、彼の復讐の邪魔になると判断されたら、桂木は俺と組むのを拒むのではないか。桂木がコンビの解消を希望したら、自分はどうなるのだろう? そして、桂木に邪険にされたら、と思うと、いや、弱っている今は考えたくもない。それほどに心がずん、と重くなる。  そこまで考えてさすがに頭を抱えた。 (これは本当に……やばい)  桂木の態度で一喜一憂する、まるで思春期に戻ったかのような自分がいる。成人をとうに過ぎ、恋愛からも遠ざかっていた男にとって、これは相当手に余る。照れくささよりも情けなさが勝って、俺は羞恥で悶えた。 (いや、確かに前から、桂木さんに認められたいというか……そういう思いはあったけど。でもあれはあくまで相棒というか、仕事相手として認めてほしかったというか、助けてもらった恩に報いたいというか……!)  そう、桂木は自分にとって仕事の先輩であり、恩人でもあった。命を助けられただけでなく、怪異の世界での生き方と、そこで起きる事件に向き合い解決する術を、桂木は教えてくれた。そんな桂木に向けていたのはただの憧れだった筈だ。しかし、自分が桂木を好きなのだという事を自覚してからというもの、本当にそれが憧れだったのか、わからなくなった。いつから自分の憧れは違うものへ変わってしまったのだろう。 (いやそもそも、本当に恋愛感情なのか? 憧れを勘違いしているだけなんじゃ……ああ、もう。わからん)  自分の心すら信用できない。抱えた頭を苛立たしく搔きむしる。  過去の、たいして豊富でもない恋愛経験を遡ってみる。これまで付き合ってきた彼女たちのことは、皆可愛いと思ったし、好きだと思った。だが、今桂木に向けている自分の感情と比べてみると、彼女たちに向けていた”好き”という感情とはどこか違うように感じるのだ。かといって、じゃあ桂木に向けるこれが憧れなのかと問うてみると、それもしっくりこない。  桂木に向けている感情は、好きだとか、認められたいとかいう思いの他にも、もっとさまざまな、自分でも把握しきれない程の色んな感情が混じり合っている。ぐちゃぐちゃすぎてとても言葉にできなかった。  そんな風に悶々と過ごしていた俺のもとへ、桂木が訪ねてきたのは、事件から三日が経った頃だった。  俺への事情聴取もひと段落し、そろそろ面会時間も終わるという段階になって、桂木は病室にやってきた。面会です、と看護師に連れてこられた桂木を見て、俺はとっさにどんな表情を浮かべてよいかわからず、そっと顔をそらした。  看護師が退室して病室の扉を締めても、桂木は俺の座っているベッドに近づかなかった。彼は、扉から一歩入ったその場所で、深く頭を下げた。 「あの時は、すみませんでした。傷ついている吉野さんに酷いことを、本当に申し訳ない」  深々と体を折った礼だった。俺は慌ててベッドから立ち上がろうとする。 「顔をあげてください、俺はなんともないですし、桂木さんは悪くないですから」  俺が動こうとした気配を察してか、桂木はわずかに頭をあげ、「吉野さんこそ寝ていてください」と少し困ったように言う。 「じゃ、じゃあ桂木さんも、ほら、顔あげてください」  互いに遠慮しあうようにぎこちなく、おずおずと桂木は頭を上げ、俺はベッドに腰を下ろした。顔を上げた桂木は、目元の隠れたまま、それでも苦い表情を浮かべていた。  桂木は無言で、そして俺も無言だった。ちらり、ちらりと交差する視線に、お互い、相手の出方を探っているような、そんな気配を俺は感じた。  俺は少なくとも、桂木が顔を合わせて早々、「コンビを解消したい」と言い出さなかったことに、少し励まされていた。 「……もう少し近くに、来てもらえませんか。話しづらいでしょうし」  俺は思い切って、桂木にそう告げた。桂木は一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたが、言われた通りにベッドのそばに近づいてきてくれた。何を言おうか悩んだが、俺は結局、正直に言うことにした。 「桂木さん。今度のことで、俺と組むのが嫌になったんじゃないですか」  それを聞いて、桂木は黙って首を振る。 「……吉野さんの方こそ、俺の面倒を見るのが嫌になったのでは?」  それどころかまるで反対のことを聞かれて、俺はちょっと笑った。笑いながら首を振った。一瞬、泣きそうなほどの安堵が胸をいっぱいにした。 「俺は約束した通りのことをしただけです。桂木さんもその通りにしただけでしょう」 「……ええ」 「なら、桂木さんは悪くないですよ」 「いえ、そこは謝らせて欲しいです。なんであれ、辛い経験をした吉野さんをあんなふうに扱ったのは俺が悪い」  そう言われて一瞬、桂木が事情を知っているのではないかと身を硬くした。芹沢に犯されたという事実を知られるくらいなら死んだ方がましだ。そう思う程に、その事実を桂木に知られるのは、惨めな気分だった。しかし桂木は、 「怪我は大丈夫ですか? 骨折はしていないと聞きましたが……」 と特に態度の変わったそぶりもなく、俺の容体を聞いてくる。まだ桂木にはそのことを知られていない、と判断し、俺はどぎまぎしながらも大丈夫だと答えた。  そこで唐突に、音の割れたチャイムのような音が病室に鳴り響いた。廊下のスピーカーを通して聞こえてくるそれは、面会時間終了を知らせるアナウンスだった。驚くほどの音量のその音に、二人同時に廊下に顔を向けて、どちらともなく顔を見合わせた。桂木は小さい声で言った。 「今日は帰ります、お邪魔しました」  桂木は前髪の隙間から俺をまっすぐ見ていた。俺は病室に桂木が入ってきてはじめて、その瞳を真正面から見ることができた。  俺は、腹の中にさまざまな言葉が渦巻くのを感じながら、それを飲み込んで笑った。 「じゃあ、また」  桂木が部屋を出た後、俺は自分の膝に額を押し付け、しばらく動けなかった。  桂木は自分を見限る気はなかった。安堵と喜びがあふれ出しそうで、胸が締め付けられる。同時に、自分の身に起きた出来事を絶対に桂木に知られたくないと恐怖すら覚えた。  それを知った時、桂木はどんな目で自分を見るだろうか。同情だろうか、それとも。なんにせよ、いい気持にはならないはずだ。そして桂木が何を思おうと、他ではない俺が、それを知られることに耐えられない。  俺は復帰後、ただひたすら桂木に対して、今までと同じように振舞った。何も悟らせないように、芹沢へのほの暗い怒りと、心深く植え付けられた恐怖と、そして桂木への自覚した感情を押し隠して。  ---------------

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