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03

「はぁ……」  冬の凍てついた空気に触れて、ため息が白く染まる。久々の定時での帰宅だというのに、空からは激しい雨が降り注いでいた。雪にならないだけましかもしれないが、それでも濡れた体の末端からは、あっと言う間に体温が奪われていく。交差点で信号が変わるのを待つ人ごみに紛れて、俺は冷える手先をこすり合わせた。  頭の中では、昼間の話が何度も繰り返されていた。黒塚と葵上という鬼の話。特に頭を締めるのは、嫉妬に狂って鬼になった六条御息所の話だ。  浦賀はあの話を切ないと言った。俺も、そう思った。鬼は退治されるべき悪役だけれど、あの話の鬼はやりきれなくて、もの悲しい。たかが物語に、こうも思考が奪われる原因を俺は知っている。 (……みっともないな、俺。くそ……)  湧き上がる羞恥を押さえきれず、激しく頭を振って思考を吹き飛ばそうとした。そう、みっともなくて情けないことだが、俺は桂木のことが気になっていて、そして桂木のかつての恋人である哲生に、少なからず嫉妬している。頭の中でそれを言語化した瞬間、膝から崩れ落ちてしまいそうになった。 (あー、あー……うわ、死にてえ)  この話題は本当に深く考えたくない。自分の奥底にしまって封印しておきたい。だというのに、事あるごとにそれはふわりと意識の表層に浮上してくる。仕方がない、桂木は俺の仕事相手、同僚、相棒なのだから、仕事がある日はほぼ毎日、何かしらの接点がある。  少し顔の距離が近いだけで、いつもより砕けた口調というだけで、ちらりとその目が見えたというだけで、自分の中の何かが敏感に反応する。一度意識の端に上れば、あとは連想ゲームのようなものだ。桂木という存在の端々に、濃厚に哲生の影を見る。それが俺の心を波立たせる。  他のことで気を紛らわすことができれば良かったと思うが、あいにく俺は仕事以外に打ち込める物がない。そして仕事場には桂木がいる。強制的に俺は自分の気持ちと対峙する羽目になる。逃げようがない。  俺は苛立ちのまま、頭上を守る傘の骨組みに頭を押し付けた。  信号が青に変わる。おとなしくその瞬間を待っていた傘の群れが、先頭から順番にゆっくりと流れだす。俺もその流れに乗って足を踏み出した。その時、視界の端に引っ掛かるように、何かの存在が目を引いた。 (ん……?)  じっと目を凝らす。のろのろと進む人波の中で、黒や透明の傘が多い中、くすんでいるとはいえ赤い傘は目を引いた。それだけでなく、絶え間なく蠢く人垣の中、彼女だけはその場で立ち止まり、身じろぎ一つせずこちらを見つめていた。  ひざ丈の黒いワンピースを着ているのが、パッと見てわかった。V字にカットされた襟元には白い鎖骨が浮き上がっていて、その上を緩く内側にカールするように毛先が滑っている。顎から上は、すっぽりと深く差した傘に阻まれて見えない。その赤い傘が、群衆にさえぎられてはまた現れる。  俺は歩を進めながらも、ぼうっとその女性の姿を見ていた。 (あの人、泣いてる?)  こんな人ごみの中で泣いているなんて、よほどひどい目にあったのだろうか。彼氏に手ひどくフラれたとか、仕事で大きなミスをしてしまったとか。雨の降る交差点で一人立ち止まり、泣いている女性。ドラマチックすぎてどこか現実感がない。  ふと、自分の持つ傘がぐい、と何かに押し付けられるような感覚がする。前の人の歩みが遅くなっていることに気づかず、傘同士がぶつかってしまったのだ。 「すみません」  小さく謝るが、前の人は何事もなかったかのように進む。改めて、赤い傘の女性に目線を向けると、そこにはもう彼女の姿はない。  まるで何かの映像作品を見た後のような気分だった。なんだか不思議な気持ちになりながらも、交差点を渡り切って家へと向かう間に、俺はその不思議な女性のことなどすっかり忘れてしまった。  --------------------------  夢を見た。  ぬぅ、と暗闇の向こうから、大きな手の平が俺の眼前に伸びてくる。頭髪が掴まれる感覚がしたかと思うと、ぐるりと回った体が上下の感覚を失った。ぶれる視界の中、のそりと這い寄ってくる影を見る。人の形をしたそれは、あっという間にそれは自分の上にのしかかってきた。薄い色の肌、固い胸と腹、張り出した肩。男の体だった。誰かがどこかで叫んだ気がする。それはすぐに荒く湿った呼吸音に埋め尽くされた。  俺の上にある体が収縮する。伸びて縮んで蠕動する。吐き気を催す虫のような動きに合わせて自分の体が揺さぶられている。自分の足の間で出し入れされる、さながら芋虫のようなそれに、体が引き裂かれる痛みと、発狂しそうなほどの嫌悪を覚えた。  耐えかねて、夢の中の自分は嘔吐した。それと同時に、胸が張り裂けそうなほどの痛みと苦しみに、息ができなくなる。生々しい傷から血を絞り出すように、どうしようもない悲しみと絶望がうめき声と共にぶちまけられた。 (なぜ、どうして)  自分の頭の中にそんな疑問が浮かび上がる。 『なぜ自分がこんな目にあっているのか』、なのか。それとも、『どうしてこの男は自分を犯しているのか』、なのか。問いの意味は俺にはわからない。  思考がどんどん霞んでいく。苦しい、どうしようもなく苦しい、と思っていたら、体の上にのしかかっていた男の両手が俺の首を押しつぶしていた。ごり、と喉の奥で、肉か骨か、柔らかいものがつぶれる音がする。苦しさで喉をうごめかせた瞬間、裂けるような痛みと共に気道に生臭い血が流れ込んでくる。咳き込む、痛い、息ができない、痛い、苦しい、痛い。  頭が破裂しそうなほど熱くなってきた。ガンガンと響く血管の脈動がピークに達し、やがてそれすら遠くなっていく。 (どうして)  意識が消える瞬間までその問いは絶え間なく頭の中をこだましていた。結局、その意味は俺にはわからなかった。 「……う、うぅっ!」  くぐもった自分の叫び声で起きた。はっと目を見開くと、まだ部屋の中は暗い。はぁ、はぁという荒い息がまるで夢の続きのように思えたが、その吐息は夢の中とは違って俺一人だけのものだ。目線できょろきょろと周りを窺ってみても、部屋の中にはなんの影もない。  俺は、はぁっと大きなため息をついて顔を両手で覆った。気分の悪い夢を見てしまった。夢の中の自分は大きな影に組み敷かれていた。嫌でもあの時のことを思い出す。芹沢に連れてこられた、畳敷きのあの部屋を。古びた電燈の、あのオレンジ色の明かりに照らされた空間を。  さぁっ、と体を鳥肌が覆う。これ以上思い出したくない。俺は、くそ、と悪態をつき、頭に蘇ってこようとする記憶を殴りつける気持ちでシーツを殴った。  苛立ちをマットレスがあらかた吸収してくれたところで、ふと疑問が浮かんだ。  どうにも違和感がある。最後、夢の中で俺は首を絞められていたが、芹沢はそこまでしただろうか。いや、ない。治療の時も、首については何も言われなかった。ということはつまり、首に暴行の痕跡はなかったということだ。  夢だから細部が違うのか? のしかかってきた男の顔がはっきりしないのも、夢の中のことだから? それだけでなく、あの夢は全体的に、何かがおかしいという気がする。  だが、その疑問は長くは続かなかった。ただでさえいつもは熟睡している時間だというのに、胸糞悪い夢のことについて、考え続ける気力など俺にあろうはずもなく。冷汗が乾いていくのに合わせて、俺はゆるゆると再度の眠りに落ちていった。  --------------------------  ぶぅーん、と室内の空調が唸る音が聞こえる。1月も過ぎようとしている今日この頃、本部内の空調は、基本的に肉体労働中心の男性に合わせて低く設定されているのだが、支援室だけは部屋が狭いせいか、他の部屋よりもぽかぽかと温かい。ぼんやりと熱を持った空気の中に、自分の意識が揺蕩っている。体の末端が温かい。その心地よさに浸っていると、どんどん意識が地の底へ引っ張られていく。そうやって、本格的な眠りの淵へと落ちて行くその間際だった。  目の前が突然暗くなったかと思うと、その向こうから伸びてきたのは、太く生白い男の腕。 (また、あの夢)  わかっていても逆らえない。俺はこの後、あの腕に髪を鷲掴みにされ、床に引き倒される。そして―――。 「………ッ!!」  ガクッ、と自分の頭が落ちそうになる感覚で飛び起きた。見開いた目が一瞬、蛍光灯のまぶしい光を取り込んで白む。何度か瞬きをして視界を取り戻すと、そこには驚いた表情でその場に立ちつくす浦賀と、向かいのデスクに座っている桂木がいた。 「……吉野さん、どうしたんスか」 「え、」 「急に顔上げるからびっくりしたっす」  怪訝そうな浦賀の視線を受けてようやく状況を飲み込む。ここは支援室の、自分のデスクだ。今日も、桂木と浦賀と手分けして、哲生の手掛りを探していた。そして俺はあろうことか、その最中に居眠りをしてしまった……のだと思う。  俺はばつの悪さに顔をしかめて、額に手をやった。そしてその汗の量にぎょっとする。いくら支援室が温かいとはいえ、額にはびっしりと汗をかいていた。 「……ええーと、今ちょうど、俺が昼飯買ってくるんで、何の弁当がいいか聞いてたんスけど、吉野さんはなにがいいっスか?」  明らかに気を使われたのがわかる。ありがたかったが同時に、後輩に気を遣わせたことを情けなく思った。何とか笑みを作って返す。 「なんでも。浦賀にまかせるよ」 「……俺も、なんでも大丈夫です。お任せします」  桂木もそう答えたのを確認して、浦賀は明るく返事をして、財布とコートを手に外へ出かけて行った。その、ぱたぱたという足音が完全に聞こえなくなってしまうと、後には気まずい沈黙だけが残った。  桂木が、見えない目線をじっとこちらに向けているのに気が付く。こちらから見て取れるそのまっすぐな鼻と引き結んだ口元は、無表情のようにも見えるし、怒っているようにも見える。……気がする。 「……すみません、調査中だってのに」  哲生は桂木にとって何ものにも代えがたい大切な存在だ。そんな彼を探すための捜査の最中に、居眠りをされたのでは気分が悪いだろう。俺が素直に頭を下げると、桂木はわずかに首を横に振った。 「いえ。疲れているなら無理をしないでください」 「ちょっと昨日、眠りが浅かっただけです。大丈夫ですよ」  苦笑いをして改めて手元の情報に目を向ければ、桂木はもう何も言わない。やがて桂木の座るデスクから、マウスを滑らせる音が聞こえてきたので、俺も作業に戻ることにした。  桂木がなぜ支援室で作業をしているのかというと、これには理由があった。これまでも桂木は支援班に協力していたのだが、支援室への出入りについては、支援班メンバーが付き添っていなければ許可されていなかった。資料の閲覧や備品の使用などにも、前原や班長の許可が必要で、何かと手間がかかっていた。しかし、このたび正式に哲生の遺体について調査を行うということになり、桂木にかけられていた制限がいくらか緩和された。そのうちの一つがこれだ。  桂木の支援室への出入りが自由になると、いちいち探偵事務所と支援室で連絡を取り合うのも効率が悪いということになり、桂木は支援室に入り浸るようになった。そうなると、桂木が作業するためのデスクが必要になる。そういう訳で、空きスペースだった俺の真正面のデスクが、桂木の業務スペースと化したのだった。  桂木が、毎日支援室にやってくるようになった最初の頃は、顔をあげれば桂木がすぐそこにいるという状況に、いちいち緊張して大変だった。けれど、1週間もすればさすがに慣れる。今では当たり前のようにここで一緒に仕事をし、休憩を取り、そしてたまには現地へ調査に向かう。それがルーティーンと化して来たことを、素直には喜べない。穏やかな日が続くということは、事件の進展が何もないということを指すのだから。  と、つらつらと考えている間に、また作業の手が止まってしまっていたことに気が付いて、俺は短く息をつく。今日はことに寝不足が酷い。それもこれも、ここ最近見続けている悪夢のせいだった。  いったいいつからこの夢を見るようになったのか、もうはっきりとは覚えていない。見る夢は例の、何者かから暴行を受けるという悪夢だ。  俺は事件以降、定期的にカウンセリング―――これは前原と、そして正体不明の班長から「必ず受けるように」と厳命されている―――を受けているが、担当カウンセラーに「最近眠れているか」と聞かれて、この状況を報告した。いくつかカウンセラーの質問に答えたところで、悪夢は芹沢に拉致監禁されたことによるPTSDだろうと判断された。  確かに、あの事件を思わせる部分は大いにある。夢の中の情景もそうだが、夢の最中に苛まれる強烈な感情は、間違いなく芹沢に犯されたときに俺が感じたものだ。自分がひどく”汚された”という感覚。意図しない相手に自分の心を蹂躙される嫌悪と絶望だ。  だけど一方で、それを芹沢の事件のフラッシュバックだと片付けてしまうには、どうしても抵抗があった。芹沢から受けた覚えのない行為……首絞めの事だけでなく、夢そのものに言いようのない違和感を覚える。だがそれが何であるかは、はっきりと表現しづらい。  気になるところではあるが、その違和感の正体がはっきり分かったとして何になるのだろうか。  毎晩のように見る悪夢だが、目立って体調を崩しているわけではない。今日のように、たまにぼうっとすることはあるが、いつもは普通に過ごせている。  PTSDで悪夢を見たり、不眠症になったりする人は多いらしい。酷い人は本当に眠れなくて、日常生活もままならなくなるそうだから。俺のこれを体調不良に数えてしまっては罰が当たるというものだ。とはいえ、今日は医者から処方してもらった頓服の睡眠薬を服用して寝ることにしよう、密かにそう心に決めた時だった。 「……吉野さん、ちょっと」  唐突に向い側から鋭い声が飛んできた。顔を上げれば、桂木はPCへと視線を落としたままだ。何かあったのかと椅子から立ち上がり、デスクを回り込んで桂木のもとへ向かう。近づけば、桂木が俺を小さく手招きして、ノートPCの画面を指さした。 「これ、今、ネットのオカルト系情報をチェックしてたんですけど、芹沢のスマホの位置情報と合致する書き込みがありました」 「まじですか」  俺は屈みこんで画面を覗き込んだ。そこには、過去に一世を風靡した、いわゆるネット掲示板が表示されている。どうやら全国の心霊スポットの情報を書き込む場所のようだ。その書き込みの中の一つを桂木が指さしている。砕けた文体でつらつらと書かれているその書き込みを要約すると、つまりはこういう事だった。  深御市からしばらく車で走った場所にある、和宿(わしゅく)市。緩やかな山の斜面に位置する市で、山の至る所にハイキングや登山のためのコースが整備されている―――以前桂木と向かった巳縄沼、あの沼があった山とは隣同士で、尾根が緩やかにつながっている―――。そのハイキングコースの近くに、不法投棄場があるというのだ。どうも、山林管理用の車両のために整備された古い道を登って、ごみを積んだ車がここまでやってくるらしい。投稿者もその噂を聞いて、実家で処理に困ったごみをワゴン車に積んで、こっそりと捨てに行った。  不法投棄場についた投稿者は、ごみの山の中に人影がうろうろしているのを見た。中年くらいの女性で、ハイキング中の人とは到底思えない、ペラペラのズボンとTシャツ姿だったらしい。その女性は投稿者と目が合うと駆け寄ってきて、探し物を手伝ってほしいと頼んできた。何となく訝しく思った投稿者は断ったのだが、その女性は何度も頼み込んできて、しまいには投稿者の腕をとって引っ張っていった。その力はすさまじく、抗えない。しかも、女性の言動がおかしいことに投稿者は気が付いた。女性は古い冷蔵庫を探しているというのだが、その外見や特徴を聞くに、投稿者の目線の先にはそれとそっくりな冷蔵庫があったという。投稿者は混乱した。あんなにわかりやすいところに冷蔵庫があって、女性が気付かないはずがない。それに、自分もあの冷蔵庫の存在に、今の今まで気が付かなかった。  女性は明らかに、その冷蔵庫のもとへ投稿者を連れて行こうとしている。投稿者はその女性と冷蔵庫に禍々しいものを感じ、渾身の力で腕を振りほどいた。そして急いで自分のワゴン車へ乗り込み、逃げ帰ったという。車のバックミラーで女性が追ってこないか確認していたが、女性は車の停まっていた場所までやって来ると、そこで立ち止まったままじっと車のほうを見つめ続けていたという。 「和宿市の山中は、芹沢のスマホの位置情報にもありました。おそらく二課から要請があって和宿市の警察が対応したでしょうが、どこまで捜査を行ったかはわかりません。もしかしたらまだ捜査してない可能性もあります」 「あるかも、ですね」  この不法投棄場がどのくらいの規模なのかもわからないし、誰がどれだけ捜査したのかもわからない。例えば、哲生の遺体が投棄場のごみの下に埋められているとしたら? 警察はそこまで探しきれるだろうか。 「……ちゃんと捜査したとしても、俺や吉野さんが行けばまた違ったことがわかるかもしれない」 「うん、一度、行って確かめましょう。ええと、場所は……」  そのまま勢い込んで地図アプリと時計を見比べ始めたところで、その作業を中断させるのにふさわしい勢いで支援室の扉が大きく開かれた。そこにいたのは、両手に大きなビニール袋を下げた浦賀だった。 「戻りましたっす!」  騒々しい登場にほぼ同時に顔を上げた俺と桂木を、浦賀がキョトンとした顔で見返してくる。 「え? なんスか、二人して。あ、何か手掛かり見つかりました?」  お弁当のいい匂いをさせながら浦賀が近寄ってくる。事の次第を説明すると、浦賀は弁当を袋から出しながら、ふんふんと相槌を打った。 「へえ、不法投棄場……。たしか本部が和宿署に要請して捜査をさせているはずです。調査結果資料、持ってきますね」 「助かる。あと一応捜査担当者の名前も頼む」 「りょーかいっす。てか、もう今日のうちに現場行きます?」  くりっとした目で浦賀が上目遣いで問いかける。俺は、どうします? と問うように桂木の顔を窺った。 「いえ、その前に行政に連絡して不法投棄場の規模や、いつからできていたのかなどの情報を集めたいです。場合によってはそれなりの装備が必要でしょう」 「わかりました。じゃあ和宿署を通して市役所に連絡して……」  そのまま自分のデスクに戻り、連絡先を確かめようとした俺の前に、「あーちょっと!」と言いながら浦賀が立ちふさがった。 「今日現場に行かないなら、ほら。お弁当食べてからにしましょうよ」  浦賀の指さすその先には、弁当が3つ鎮座している。輪ゴムで簡易的に止められた蓋の隙間から、誘うように白米と香ばしい醤油の香りが漂ってきた。それを意識したとたん、胃が空腹を訴えて収縮する。 「そうですね、先に食事にしましょう。どうせこの時間でしたら、市役所もお昼休憩中です」  桂木までがそう言うなら俺に異論はない。俺達は浦賀の買ってきた生姜焼き弁当、チキンソテー弁当、幕の内弁当を各々選んで、しばしの間、その作り立ての味に癒されたのだった。  --------------------------

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