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 外で待っていた車に乗り込む。方角からして、目的地は警察本部ではないかと予測していた。ドキドキしながら座席に座っていると、案の定数分も立たないうちに本部へ到着した。  警察本部に来たということは、支援班のメンバーと会えるかもしれない。いい加減、事件の顛末を誰か教えてくれてもいい頃だ。膨れ上がる期待に一層、心臓が鼓動を速めた。  久々の署内は、夜のためかしんと静まり返っており、人の気配がしない。誰ともすれ違うことなく廊下を進み、連れていかれた先は支援室だ。  俺に付き添っていたスーツの男が、支援室の扉を手で示した。ここから先は一人で行けという事らしい。  促されるまま支援室の扉を開く。久しぶりに訪れた狭い部屋の中央で、こちらを待ち構えるように浦賀が立っていた。 「浦賀!」  思わず呼びかけていた。久々に見るその顔に、安堵よりも先に放っておかれた怒りが湧き上がる。 「今までどうしてたんだ。というかお前、何者……いやそれも聞きたいけど、桂木さんは? 大丈夫なのか?」 「ちょちょ、ちょっと待って吉野さん、落ち着いて!」  口をはさむ隙も与えず、浦賀がのけぞって後退するほど詰め寄ったところで、ぴたり、と足を止めた。  部屋の奥、応接セットのあるパーテーションの向こうから、のっそりと背の高いシルエットが現れる。  桂木が、そこにいた。その姿を見ただけで、たった今まで高速回転していた口がぴたりと動かなくなる。  四日ぶりに見た桂木は、思ったよりも元気そうだった。  少し痩せたようには見えるが、病的なほど窶れていたり、精神的に消耗したりという様子はない。雰囲気が張りつめているように感じるのは、俺と同じで、この場で何か重要な出来事を聞かされると思っているからだろう。  俺は桂木に何か声をかけようとしたが、何を言っていいのかわからず、結局無意味に口を開閉させただけだった。  桂木に対して思うことは沢山あったけれど、どこから聞けばいいのか、どう声をかけていいのかわからない。桂木は前髪の向こうからじっと、そんな俺を見ていた。 「ええっと、お久しぶりっす、吉野さん。桂木さんも。積もる話もあるんで、ひとまず座りません?」  膠着する俺と桂木の間にそっと割って入り、浦賀は俺たちを促した。  奥の応接スペースは狭いからと、浦賀と俺はデスクの前の椅子を適当なところへ引っ張ってきて座った。桂木は椅子に座るつもりは無いようで、俺たちのそばの壁にもたれかかり、腕を組む。  各々が落ち着いたのを見て、浦賀が口を開いた。 「ええと、まずはいろいろ話す前に、約束してほしいんですが、ここで耳にすることは支援班メンバー以外、一切他言しないでほしいっす。誓約書はないっすけど、そんなものなくても、話せば何かが起こると思ってください」  開口一番、そのように釘を刺された。いつものへらへらした笑顔のくせに、口にした内容はなかなかえぐい。だが、俺も桂木も異論はないと頷いた。  それを満足そうに眺めると、浦賀は「さて、」と本題に入る。 「まず目先の疑問から解決したいと思うんですよね。これ、桂木さんには話したんスけど、」  浦賀がくるり、体ごと俺の方を振り向く。ゆるい笑顔を張り付けたまま、自分で自分の顔を指さした。 「なんでお前が場を仕切ってんだ、って思ってますよね? すいません、黙ってましたけど俺、支援班のメンバーでもあるんですが、上層部の……管理局の人間でもあるんス。末端も末端スけど」 「……まぁ、予想はしてたよ」  驚きはしたものの、予想の範疇だった。  山で救助されたときも、浦賀は彼らに交じって、完全にあちら側の人員としてふるまっていた。そのくらいの想像はつく。  それに、よくよく思い返してみれば、俺は浦賀のことを何も知らなかった。家族構成も経歴も、住んでいる場所も知らない。毎日のように一緒に仕事をして、休憩がてら関係のない雑談もする仲なのに、だ。  だからかえって、納得した。こんなにも謎が多い人物なのだから、何か秘密があっても不思議じゃないな、と腑に落ちたのだ。 「管理局に身内がいるんスよ。うちの家系警察庁勤めとか、幹部が多いんで。まぁ、俺はエリートに向いてなかったんで、ちゃんとエリートしてる親戚の伝手を辿って、管理局の末端……ていうか半分はみ出してるくらい端っこに、置いてもらってる訳なんス」 「そんなドラマみたいなエリート一家いるんだな……」  浦賀がエリートに向いていない、というのは、申し訳ないがものすごく納得できた。浦賀は仕事に関してはかなり優秀だが、庶民的で親しみやすい。何なら時々無礼なほど砕けた態度だ。  エリートっぽいプライドの高さや、隙のない立ち居振る舞いとは無縁の存在といえる。 「で、俺の家の話は置いといて。この管理局なんスけどね。実は、哲生さんが殺された事件についてここ最近注目してまして。その結果、俺たちはあの日、あのタイミングで、衣山にたどり着くことができたんっす」 「衣山?」  聞きなれない言葉に首をかしげると、浦賀はすぐに、「哲生さんの首が埋まっていた山の事っス」と教えてくれた。 「そもそも管理局のメインのお仕事って、全国津々浦々の霊場、心霊スポット、神事、風習の情報を把握して、監視したり管理することなんス。その一環として、支援班みたいな実働部隊を全国に作って、指示を出してるわけっスね。……で、衣山もその監視対象の一つなんスよ」  管理局が衣山に関心を持ったのは、一つの変わった伝承が伝えられていたからだ。  日本の多くの神は、ただ一人だけがその神を名乗る、唯一の存在であることが多い。だけど衣山の神は、人のように老いて、力が衰えると代わりの人間を見つけて神の座を継がせるという。  老いた神は、人々の世界をめぐって、次の神を人の子供の中から探す。そして、見つけ出した子供に衣山の神になることを予言し、印をつける。やがて子供が大人になると、衣山の神の座を継ぐ。  伝承通りであれば、選ばれた人間が神になる瞬間、その人物はこの世から消えることになる。このように、社会に何らかの影響を与える可能性を危惧して、管理局は衣山を監視していた。  そして、ついに神の代替わりが起きた。衣山の神をまつる神社から知らせがあると、管理局は、次期神として見初められた子を探した。  しかし、あまりに手がかりが少なく、なかなかその子を見つけることができなかった。 「……その、次の神様になる子供って、つまり」 「哲生さんっす」  鬼に食われるか、神になるか。哲生の告げた強烈なフレーズが脳内に鋭くよみがえった。  哲生はやはり、本当に神になったのだ。実際にあの異様な“輿入れ”を見て、事実として受け入れてはいたけれど、やはりピンとこない、というのが正直なところだった。話が壮大すぎて、うまく呑み込めない、というのに近い。 「結局、管理局が哲生さんのことを“衣山の神になる子”だと突き止めたのは、哲生さんが殺されてからだったんスよね」  管理局は、哲生の遺体がバラバラにされてしまったせいで、神の代替わりが行われていないことにも気が付いた。  けれど管理局直々に哲生の遺体を探すのは困難だった。全国あまたある怪異に総合的に対処する管理局は慢性的な人手不足にある。  そこで、哲生の遺体探しに抜擢されたのが桂木だった。  そもそも桂木を外部協力者として採用したのは、衣山の、もとい哲生の件を捜査させるためでもあったのだという。  そして浦賀は、桂木の捜査をサポートしたり、逆に桂木から上がってきた情報を管理局に報告する役割を担っていた。 「桂木さんには申し訳ないっすけど、桂木さんに情報横流しできていたのも、そういう事情があったからなんスね。すみません」 「浦賀さんが悪いわけではないので。それにこの前も一度謝ってもらいましたから、もう謝罪はいりませんよ」  桂木は緩く首を振って答える。きっと四日前の時点で、桂木は浦賀からこの話を聞いていたのだろう。 「……で、話が戻りますけど。管理局はずっと支援班と桂木さんに捜査を任せて、上がってくる情報と、哲生さんのご遺体の管理だけをしてたんすね。だけど近頃ちょっと妙なことが起きてまして、管理局の方でもちょこちょこと情報を得るために動いていたんス」  管理局が事態の変化を察知したのは、哲生の四肢と胴体がそろった頃らしい。  哲生の遺体を保管しているのは管理局の所有するどこぞの施設内らしいのだが、その施設でたびたび、哲生の遺体が“動く”という現象が起きた。  保存用の箱の中央に置いたはずなのに、次に見たときには遺体が別の位置に移動しているのだという。それも決まった一方向に、これ以上は移動できないという壁にくっついたぎりぎりの位置まで、必ず。  管理局が察知した異変はそれだけではない。この、哲生の遺体移動と時を同じくして、衣山の状態が急激に変化した。  もともと、山をつかさどる神が不在の状態だったため、山自体が荒れてはいたのだという。草木の病気が流行り、動物の数も減少していた。それでも、数年は放置して大丈夫な程度だった。  なのにここ最近、不審な出来事が頻発しているのだと、衣山を祀る神社の神主から連絡があった。それはちょうど、哲生の手足と胴体が揃った時期から発生していた。  いわく、時折山が震えるのだという。震える振動が、そして音が、ふもとの神社まで届くのだそうだ。しかし不思議なことに、地震などの自然現象は観測されない。神社から一歩外へ出れば、振動も音もしなくなる。  また、神主の孫に当たる子供が総じて、『若い男の生首がしゃべって体を欲しがる』夢を見た。子供たち皆が口をそろえて、同じ内容の夢を見たと話すのを聞いて、これはおかしい、と神主は管理局へ連絡した。  管理局は、この神主からの連絡を受けたのちに、いつも哲生の遺体が移動する方向が、衣山のある方角だと突き止めた。  管理局はすぐにでも、衣山の調査を支援班に命じる予定だったらしい。  だが、その矢先に芹沢が脱走し、桂木と俺が警察本部で保護されることになり、捜査を命じるどころではなくなってしまった。  ちなみに、桂木と俺を保護するよう指示したのは、深御市警察本部の判断で、管理局は関わっていなかった。  桂木だけでなく俺まで保護の対象になったのは、芹沢の取り調べで毎回俺の名前を出す芹沢の執着っぷりに危険を感じたからだそうだ。  俺を取り調べに参加させる代わりに情報を吐くと芹沢から取引を持ち込まれたこともあったようだが、支援班に打診が来ても、前原が頑として首を縦に振らなかった……らしい。何から何まで俺にとっては初耳だった。  そんな事情があって、四日前の芹沢脱走後、俺と桂木は支援室に来るように指示されたのだが、折り悪く俺は桂木と口論を起こし、事態の深刻さも理解しないまま、のうのうと自宅へ帰って、芹沢に捕獲されてしまったというわけだ。  俺がいつまでたっても戻ってこない、連絡もつかないという事態に、浦賀達は芹沢の脱走と結び付け、俺が芹沢と接触したのではないかと予測した。  心当たりを探そうと俺の自宅アパートに行ってみれば、鍵もかかっておらず中はもぬけの殻で、スマートフォンや財布も放り出されたままだった。この時点で浦賀達は、俺の身に何かあったこと、それにはおそらく芹沢が関係していることを確信する。  一方、管理局は衣山に哲生の頭部が埋まっているという結論を出した。起きているのは超常現象に違いはないのだが、もとは一つだったものが互いに引き合っていると推測するのは、ある意味自然かもしれない。  俺の行方を捜す浦賀達と、哲生の頭部が埋まっている場所を突き止めた管理局。浦賀が管理局と連絡を取り、双方の情報を交換したことで、一つの可能性に行き着いた。  俺と芹沢が忽然と姿を消した。  芹沢が脱走した現場と、俺のアパートの距離からして、車を使っている可能性が高い。  ただ俺を殺すのが目的ならアパートの部屋の中だけでもできる。移動したということは、芹沢は俺をどこかに連れていきたかったはずだ。  単純に、芹沢が俺を別の場所に移動させたいだけなら、場所の検討はまったくつかない。だけど、向かった場所に何らかの意味があったなら。俺が桂木とともに必死に探していて、芹沢だけが隠し場所を知っている、“哲生の首”がある場所へ向かっていたとしたら。  ただ闇雲に探すだけなら、警察本部が最大限の人員を投下してやっている。だけど、“哲生の首”がある場所は、支援班にしか調べられない。  浦賀達は病院から移動中だった前原とも電話で相談し、管理局の指示を受けて衣山へ向かうことに決めた。  首のある場所へたどり着く方法はシンプルだ。哲生の遺体が導く方向へ進めばいい。 「……じゃあやっぱり、あの鞄の中身は」 「ええ。哲生さんのご遺体が入っていました」  途中までは、二つに分けた鞄を浦賀と桂木で一つずつ持っていた。けれど、ある程度進んだところで、哲生の気配を察知した桂木が、鞄を浦賀に預けて一人先行した。  俺も桂木も、哲生の遺体が発する妖しい雰囲気のようなもの―――近づくと空気がどろりと重く、纏いつくように変わる。なんとも言えない、嫌な気配―――を感じ取ることができる。きっと桂木はそれに気づいたのだろう。  浦賀は成人男性約一名分を担いで登ることになり、それがあの到着の遅れにつながったわけだ。

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