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「! …やべぇ、やっぱもう誰もいないか…」  五限、体育の時間。  最近色々考えすぎていたのもあってかすっかり寝不足気味になっていた俺は、昼休みに一人いつもの屋上前の踊り場で昼飯をとったのち、そのままそこで寝てしまったらしく、目を覚ました時にはもう昼休み後の五限が始まってしまっていたのであった。 「確か今日ってサッカーだったはず……っ、いつぐのサッカーしてる姿間近で見れるチャンスだったってのに、何してんだよ俺は、バカかっ」  どうする、今からでも参加するか? いやでも、  いつぐの頑張ってボールを蹴っているところを見たくてしょうがなかったのだが、チラリと見た急いで戻ったもぬけの殻の教室の壁にかけてある時計が指し示す時刻はすでに、五限が終わりを迎える十分前。 「今更行っても、センコーにうるさく言われるのがオチだし……っああ、ほんと俺は何しでかして……」  誰もいない教室、そう一人ごちていた俺は、  けれどふいに、 「あ、」  視線の先、それぞれの机の上に無造作に置かれたクラスのヤツら――いや、いつぐの机の綺麗に畳まれていた制服が目に入り。 「――っ」  ……あ、ダメだ俺、ダメだ、違う、ヤメロ。  頭の中、すぐに警告音が鳴り響いたものの。  そんな音も、心の内の自身を呼び止める声さえもまるで聞こえてないかのように、俺の足はよろよろと、だけど一歩一歩確実に、いつぐの机のもとへとまるで吸い込まれるかのように進んでいく。  ……そうだよな。最近ずっと一緒に体育出てたから気づかなかったけど……いつも、こうして置いてあったんだよな。  そして、 「っ、……んっ、はぁ……ふっ、んんっ♡」  『その境界線は、越えてはいけない』  わかってはいても、気づけば俺はいつぐのワイシャツに顔を埋め、匂いを嗅いでしまっていた。 「はふ、ん、これが……いつぐの匂い…♡♡」  洗剤とは確実に違う、少し汗のツンとした感じとはまた別のその微かに香る匂いに、俺は身体全部が包まれていくような感覚に陥る。 「んぁっいつぐぅ♡ ん……あ、ダメだ、もうおれっ……」  他に誰もいない教室の真ん中。  ほんの僅かしか香らない、けれども確かに愛しい相手のモノであるその匂いに俺はとうとう我慢できず。  カチャ、手をかけようとした  ――キーンコーンカーンコーン 「っ!!?」  ……ところで、五限目の終わりを知らせるチャイムが校内に鳴り響きだしたのであった。 「……!! っ、あ……俺、今なにを…!?」  チャイムの音によりハッと我に返った俺は、  次の瞬間に飛び込んできたいつぐのぐちゃぐちゃになったワイシャツに目を大きく見開く。  同時にチャイムが鳴ったことにより隣のクラスの方からガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきたため、俺は急いで手に持っていたいつぐのワイシャツを畳み、自分の席へとガタガタと他のヤツの机の角に身体をぶつけながらも戻り腰をかけた。  別の教室から出てきたであろうオンナたちの 「…えっやだちょっとあそこっ、矢代くんが一人でいるんですけどっ!!」 「嘘なんでラッキーすぎる! ちょっと声かけてきてよぉ!」 「無理無理死んじゃうよぉ~」  なんて廊下から聞こえた騒がしい声が、俺には酷くグラグラ揺れるようにして、しばらくの間耳にこびりついて離れなかった。

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