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 ――その後。  『オレだって愛してるよ』の意味を込めて、再び疾風くんにキスをしようとした  ♪~♪♪~ 「ひっ!?」 「!? なっなんだ…いつぐの鞄、からか?」  瞬間。突如聞き覚えのあるフレーズの着信音がオレの荷物の方から流れてき、この音楽に設定してあるのは家族だけのため「かっ母さん…!?」とオレが焦りつつ、スマホを取り出し画面をタップすると。 『ぐぉおらあああっクソガキっ今あんた一体どこで何してるのよ!!! テスト勉で早上がりのはずなのに、いつもより帰ってくるのが遅いってどういうことじゃごらあああっ!!!』 「ひいいいいっすみませんっすみませんっお母さまっ!!!」 「!!? ……こ、こえぇ…つか、え、今って……はっ、八時前だとっ!!?」 「えっうそ八時ぃ!!?」 『嘘じゃないわボケえええっ!!!』 「ひえっはっはい嘘じゃないです八時ですっ!!!」  鼓膜が破れるんじゃないかってほどの大音量で、実の母からスマホ越しに告げられたのはそんなお叱りの言葉であり。  大音量すぎて横で母の声がバッチリ聞こえてた疾風くんがふと顔をあげると、部室の壁にかけてある時計はどうやら既に八時近かったらしく。  驚愕した彼の声にオレがもう片方の耳を傾けるとスマホ越しにまた母から怒声が飛び、オレは恐怖のあまりその場で思わず土下座するところであった。  『クラスの勉強が出来る友人宅にて、わからない部分を重点的に教わってたら集中しすぎて帰るタイミングを見失ってしまった』との何とも苦しい言い訳でもって、どうにか母を説得しその場を収め――電話の向こうから『あら、あんたもっちーくんとサッカー部の子たち以外に勉強教えてもらえるほどの友達いたのね』などという、中々にグサッとくるお言葉が最後に鋭いナイフとして降りかかってきたのだが――ピッとようやく通話を終わらせると、オレと疾風くんはそれはもう真っ青な顔で急いで帰りの支度に取り掛かったのだった。  部活で使う用の予備のハンドタオルを、部室に備え付けてある簡易洗面台で濡らし互いの身体を拭き、常備してある消臭スプレーをこれでもかと部室内に吹き付け、どこもおかしなトコロはないか入念にチェックしオレたちは部室を後にする。もちろん、窓とドアの鍵はキッチリと閉めて。  ……ただまぁ、お互いの身体に付いた精液を…疾風くんに至ってはオレが射精したお尻の中のモノも…拭くのは何だかめちゃくちゃ恥ずかしさがこみあげてきたし。  疾風くんが座ってた状態から立ち上がろうとした際に、漫画などで見た通りに腰が砕けてすぐにはしっかり立てなかった現象を目の当たりにした時は、うわわわわっ……とものすっごい動揺してしまったんだけどさ。  ちなみに当たり前だが、疾風くんはオレなんかよりもっと恥ずかしそうに肩を震わせていた。  あ、あと部室の鍵は、部室を綺麗にした後にオレが急いで職員室に取りに行った。  当然とっくに帰ったはずの生徒の一人が職員室を訪れたことをまだ残っていた先生に驚かれたが、対応してくれたのが、生徒の中で『能天気バカ』(なんちゅうあだ名とは思うけど)なんてあだ名を付けられている安永瀧蔵(やすながりゅうぞう)先生で、ちょっと……いやかなり安心したのは内緒である。  それとは別に、部室を後にし、ちょっとよろよろしている疾風くんを支えるようにして歩いて校門まで着いたところで、ちょうど帰るようだった保険の久留見ヒナ(くるみひな)先生に偶然会い。 「ちょっと何でまだアナタたちこんなところでふらついてるのよっ、嫌だまさか学校に住む気なの…!?」 「住まねーよ!!」  なんてやり取りを先生と疾風くんが交わしていた。  どうやら疾風くんは保健室の常連で、久留見先生と彼は割と仲が良いらしい。なるほど、これも新発見だ。  名残惜しい気持ちを胸に、他に誰もいない月明かりが照らす住宅街の道の真ん中。 「…腰のほうは、もう大丈夫そう? 一人で歩ける?」 「っ、んなやわじゃねぇっつの…大丈夫だ、歩ける」 「そ、そっかよかった……えっと…じゃあまた明日ね、疾風くん」 「……おう、また明日な…いつぐ」 「うん……」 「ああ……」 「………あ、あの…疾風くんから、先に手…離してほしいかなぁ、なんて…」 「っ……いや、オマエから先に離せよ…いつぐ」 「はぁっ!? いやいやいやっ、オレから離すなんてそんな勿体ないコト出来ないしっ!!」 「あぁっ!? 俺だってせっかくいつぐと手握り合ってんのに、自分から離せるワケねーだろがっ!!」 「疾風くんから離してってば!!」 「いつぐが離せっつの!!」  ウーワンワンワンっ!!! 「ひえっ!?」 「うおっ!?」 「……っ、何をしてるんだ、」 「っ、俺たちは……」  と、ほんとに何をしてるんだ……なやり取りを約五分間ぐらいし続けてしまったのち、今度こそどうにかそれぞれの家に帰路についたオレと疾風くんであったのだが。  夜の九時三十分。  家の玄関の扉を開けた途端、殺されるんじゃないかってほどの地獄の業火を纏い待ち構えていた母……お母様にこっぴどく説教をくらい、意気消沈で部屋に戻ったオレのもと。 『…よう、早速ライン送ってみた。』 『………いつぐ、好きだ。…じゃあな、お休み』 「!!!??」  別れ際に交換したラインにて、早速疾風くんから送られてきたその文面と、その後にポンっと押された『ハートマークのスタンプ』に沈み切った気持ちが急激に上昇し、萌えに萌えてベッドの上でゴロゴロしまくってまたお母様にめちゃめちゃ怒られたのは……どうかご内密にしてほしい。  ほんともう、離れてからも遠距離で攻撃仕掛けてくるとかどういうことっ!?  ……オレの恋人が、容赦なくかわいさでオレを殺しにくるので、自分がこの先ちゃんと生きていけるか真面目に少し心配になりました。  お返しにと、 『疾風くん、早速ラインありがとうとっても嬉しいよ。オレも疾風くんのことめちゃくちゃ愛してます! じゃあね、お休みなさい』  そう、『ハートのスタンプ』×3と共に送って、今夜はいつもより早めに寝て疾風くんの夢でも見ようっ! と機嫌よく準備に取り掛かり、夜の十時半ちょっと前、ベッドに横になろうとしたら 『ふっざけんなバカいつぐっ!! オマエのせいで眠気全部吹っ飛んで寝れなくなったじゃねぇかこのドSがっ!! クソッ大好きだばぁぁかっ!!!』  ……オレの送ったラインから約一時間も経ってから、何故か再び疾風くんからそんなラインが怒涛の勢いで飛んできたのだった。  ちょっと待って!? あの文面のどこにドS要素あった!?  っていうか罵倒しといて結局最後大好きとか言ってくるしっ、そっちこそふざけんなっだよ、ちくしょう大好きだ疾風くんっ…!!!  ――余談だが。  サッカー部の部室の鍵が何故か開いていたその真相は、朝の自主朝練をした後ずっとあけっぱで、放課後帰る時に部長が鍵を閉めようと思っていたらしいものの、テストで早上がりだと聞いていた部長の他校の彼女が緊急に『デートしよっ♡』の連絡を送ってきたため、部長が有頂天でその彼女とのデートにルンルンで向かい、部室の鍵を閉めるのをすっかり忘れてしまったとのことらしかった。  ……ぐっ、前まではこんな事態に「何浮かれとんじゃっこのリア充がぁ!!」なんてすぐさま心の中で突っ込んでいただろうに、今はそんな部長の浮かれ具合に首を縦にうんうん「ですよねっわかりますっ!!」と大きく頷いている自分が存在しているのが恐ろしい……己の現金さが泣けてくるぞ、藤枝いつぐよ。  こうして、何もかもが急展開のスピードで駆け抜けていった、オレにとって『恋人との大切な日』となったとある一日が幕を閉じ。  それからは、母……お母様の監視の元、必死にテスト勉強に明け暮れ何とか向かえたテストで平均点以上(いつもは平均点ギリギリである)をもぎ取り、疾風くんもまた、どうにか気持ちを集中させそれなりの点数を取ることに成功したらしい。(何故だか、テストの答案用紙を保健の久留見先生にわざわざ見せにいってた……あの二人、そこまで仲良かったのか)  そうして、無事にテストも終わり結果もすべてわかってからの翌日。 「――えっ!? おっオレたちのことを東堂くんたちに!?」 「…おう、言っても…大丈夫そうか?」 「えっ、あっ…そ、そうだよね、友達に恋人の存在を隠しとくのもなんか変な感じ…になるのかな。いやでも、オレと疾風くんはどっちも男同士だし……この場合はどうなるんだ、んんっ…?」 「……やっぱ、言わない方がいいのか? 何だかんだ、アイツらにはあんま隠し事はしたくねぇし……今回のいつぐとのことについても、正直遼太郎に結構助けられた部分もあるから、言った方がいいかとも思ったんだけどよ…」 「! …そっか、東堂くんに…それに、確かにオレももっちーに隠し事とかしたくはないから…その気持ちはわかるかも」  最近は昔に比べて同性同士の恋愛に偏見の目は少なくなってきたものの、突然の疾風くんからの友人への恋人カミングアウト宣言に、昼休みの校舎の裏庭にて二人座りながら考えを巡らすオレたち。  何となくだが、もっちーには『男同士』だということについては受け入れてもらえそうな気もするんだけど――『恋人』ができたことについてはどうなるか…アレとしても。  でも、疾風くんの方は…大丈夫なのだろうか。  もちろん疾風くんの友達だし、きっと悪い風に言ってきたりはしないと思う。  けど……オレが今まで見てきた範囲では、東堂くんはともかくとして。 「…あの、さ。疾風くんといつも一緒にいる子たち…上杉さんたちって、もしかしなくても疾風くんのことそういう意味で好き…なんだよね?」 「! ……ああ、まぁ…確かにあの三人からはしょっちゅう好き的な言葉を言われてるし、出かけに誘われたりもするけども…」 「!! …や、やっぱり、そうなんだ…」 「っ、あっ、ちょっと待てっ変な誤解はするなよっ!?」 「へっ、」 「確かに色々言われたり休日に出かけたりすることも今まで結構あったけどっ、だからって俺はアイツらのことそういう意味で好きになったことは一度もないし、恋人同士でするようなコトだって一切シたことだってねぇんだからなっ!!!」 「!!」 「だからっその…アイツらには悪いけど、そういうことで……でも、俺としてはあの三人をそれなりに気に入ってて、それで…」 「……うん、大丈夫。疾風くんの言いたいことはちゃんとわかったよ。疾風くんは、彼女たちのことを東堂くんと同じ『友達』として大切に思ってるんだってね」  遠目から見てても、何だか他の女子たちとは違う接し方をしてる感じがしたしさ。  それでも、 「オレも、上杉さんたちには悪いけど…今はもう疾風くんを好きだって想う気持ちは負けてないつもりだから、だから疾風くんの『友達』としてはともかく、キミの『恋人』の位置を譲るつもりはこれっぽっちもないよ」 「――…っ、オマエは、ほんとにさぁ……あーくそっ、俺の恋人が世界一かっこいい…」 「っ……ははっ、疾風くんがそんな言い方してくるなんて…」 「うっせ……いつぐ、好きだ」 「うん…オレも好きだよ、大好き。――オレと疾風くんのこと、一緒にみんなに全部言おっか」 「! ――ああ、二人で一緒にな」  そうだよね、二人一緒なら、たとえ伝えた先がどうなったとしても何とかなる。  お互いの瞳を見つめながら、改めて揺らぐことのない気持ちを確認し微笑みあったオレと疾風くんは、他に誰もいないのをいいことに、あと少しで五限の授業が始まりそうな昼休みの裏庭で、そっと二人の唇の影を重ね合わせたのだった。

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